前略、憧れの地にて 2


「京介、次のシーンまで時間があるから少し合わせておかないか」
「兄さん」

小休止で座り込んでしばらく、衣装から一旦解放されて身軽な優一が声をかける。通常、役者とアクションは別人であることが多いが、GASにおいては所属俳優のイケメン率からほぼそのまま配役だ。演技部分を先に撮影し、殺陣を変身後衣装に着替えてから撮影する流れとなる。変身したまま素顔を晒すシーンのため、優一はこの後ゴテゴテに着込む作業が待っていた。お互いを労いながら挨拶を交わし、もう頭に入っている台本のセリフを反芻しながら静かに息を吸う。優一の目が据わり、低く冷たい声が響く。

「何故、あの時俺の手を離した?本当は邪魔だったんだろう?」
「違う!それは違うんだ兄さん!」

被せるような剣城の叫びが上がる。見開く瞳の後、必死の視線。更に数言セリフを進め、キリのいい場面で空気が止まる。ゆっくりと息を吐いて優一が瞬き、優しく微笑みかけた。

「京介、すごい気迫だったな」
「そんなことは…」

掛け値ない賞賛に僅か照れてみせる剣城、情景だけ見ればなんとも微笑ましいものではある。
そのまま和やかな会話をする兄弟を見つめ、ぽつりと零す者が居た。

「ねえ信助、つるぎあれ本気だったよね……」
「みんな思ってるよ天馬」

出番待ちで割合のんびりしてる二人は今しがた繰り広げられた個人リハに正直な感想を述べる。
お互いを見ずに呟いた発言ののち、目を見合わせてから緩く笑う。午前中の撮影を思い返し、信助が声を潜めた。

「あと、あの川での殴り合いさあ…豪炎寺さん途中ノリノリだったと思う」
「台本より長かった上に剣城の一発はいるまでの一方的さが…」
「割と一線引いてるから久々のガチアクションではしゃいじゃったんだよ…」

思わず頷く天馬と更に言う信助。勝手すぎるしみじみ会話は聞きとがめられなかったがしかし、当事者に不審感を抱かせた。

「なにをこそこそと」
「あ、剣城!」

いつの間にか近づいてきた主役の登場に天馬が顔を輝かせる。優一はスタッフに呼ばれたらしい。大々的に発表されたこの企画、一番喜んでいるのは言うまでもなく本人たちだが負けないくらいテンションの上がった人物もいた。

「つるぎ!変身やって!!」

待ってましたとばかり椅子から立ち上がる天馬に若干引け腰になるのは剣城。そう、この芸暦としては後輩に当たる同い年のアイドルは剣城のデビュー作のファンだった。子供に言われるのはそう珍しくもない。嬉しくもあり、それなりにサービスしてしまう。だがしかし、まさか同年代から目を輝かせて頼まれるなど想定外で初対面では見事固まる羽目になった。性質が悪いのは、天馬が本当の本当に憧れていることである。これがネタだったり揶揄であれば弾き飛ばせるが、純粋な気持ちを跳ね除けるほど剣城も厳しくなかった。よって、何かを演じるたびにその変身ポーズをねだられるお約束が決定付けられて今に至る。今日も純粋な眼差しに抗えず、信助の同情の視線を受けながら構えの体勢。

「装着!」

大きく腕を振り上げ空へかざしたあと胸の前へ。

「銀河刑事、ファイトル!」

決めた瞬間、天馬の口が動く。

「スーツの装着時間は僅か0.5秒にも満たない。そのプロセスを見てみよう!」
「おいナレーション入れるな」

途端に真顔で突っ込んだ剣城に信助が吹き出した。

「ね、ね、つるぎ!必殺技も!」
「あれ効果ないと意味ねえってかアクションに対してアテレコだろうが」
「聞きたい!生で!」

その場で跳ねる勢いの天馬が両手を握って振る。
一つやれば二つも同じ、開き直った剣城はしっかりポーズも入れて声を張った。

「ファイアートルネード・ダイナミック!」

歓声と共に拍手するファン一名、労いの意味を込めて拍手する心遣い一名。 やりきった感と少しの後悔を覚えつつ、微妙に遠い目になりかけたところ、思わぬ方向から手を叩く音。振り向けば、立っているのは豪炎寺だ。

「お前たちの二人技でファイアートルネード・ダイナミック・ドライブとして引き継ぐのをスピンオフとして企画している」
「初耳ですが」
「いま考えたからな」

会釈するより先に放たれた衝撃に反論する隙もあるわけがない。アイデアは構わないがそうぽんぽん思い付きで口にするのは、と感じても心に仕舞う癖が剣城にはついた。満足げに去っていく大先輩を見送る傍ら、天馬が小さく袖を引く。

「何だ」
「あのさ、俺、今回ほんとサポートキャラであんまり出てないけど」

珍しく少しだけいいよどむ様子に先を促す視線を送る。

「剣城のパートナーができると思わなかったよ!嬉しい!」

飾らなさ過ぎる素直な喜びを受け、剣城はやはり固まった。


***


「強く、なったな……」

穏やかな笑みを浮かべ、頬へ触れようとした腕は伸ばしきれず、ことりと手首が落ちる。腕の中で息絶えた兄を抱え、歯を食いしばって俯いた。

「はい!オッケー!お疲れ様です!」

区切りの合図と終了の音。無事、山場の収録が終わりスタッフが慌しく立ち回る。ぱち、と目を開けた優一が剣城を覗き込む。

「お疲れ、京介」

返事がない。不思議に思って数秒の間。表情を止めた優一はそーっと手を挙げ、申し訳なさそうに微笑んだ。

「すみません、京介が泣いてます」
「はい、剣城くん泣き待ちでーす」

容赦のない宣言が現場に響き渡る。慌てた様子で駆け寄ってくるのは天馬。

「つるぎマジ泣きなの?!」
「ガチ泣き…」

追いかけてきた信助の一言に剣城がギッと視線を向ける。

「話を広げるな!」

この様子はメイキング特典にしっかり収録された。
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