前略、憧れの地にて 1


「お前は何をやっている!」

言葉と共に放たれた蹴りで勢いよく川へ吹き飛ばされる身体。浅瀬で呆然と見上げる若者へ、年長者は厳かに言い放った。

「最初から、気付いていたはずだ。奴の正体を」

水に濡れた男の双眸が見開かれる。脳裏に浮かぶ過去の情景、記憶の断片。見間違えるはずもない、ただ唯一望んでいた、捜し求めていた相手だからこそ。

「――…兄さん、っ」

拳を握り締め俯くのを、ただ静かに見つめる瞳は責めていた。

「はいOKでーす!!」

現実に戻る声が掛かり、剣城は肩の力を抜く。スタッフが慌しく走り回る中、立ち上がると豪炎寺が肩を叩いた。

「…悪くない」
「、はい!」

思わず力の入った返事をすると、瞬きのち軽い笑みが浮かぶ。濡れた衣装を着替えるためにその場を離れ、歩きながらことの起こりを反芻する。始まりは、敬愛する代表の簡潔な一言だった。

「記念作品を撮ることになった」
「記念、ですか」

口の中で繰り返す。神妙に頷いた豪炎寺が説明を付け加える。

「この事務所も五周年だからな、俺自身の代表作も十周年でキリがいいと」
「なるほど」
「円堂が言ってきた」
「自分で考えた企画じゃないんですか」

提携しているとはいえ、向こうのプロダクションのネタに乗りすぎだと剣城は常々思っている。書面上、きっちりとした契約を結んでいるものの、交わす言葉は友人の口約束に近い。しかも基本的にこの代表は断らなかった。そして企画はほぼ必ず成功する現実。

「正直、プロデュース力はあいつの方が上だ」

正論に同意しか出来ない。

「そこで、次世代との共演がやはり熱いという話になってな」
「完全にそれ酒の席ですよね」

会話のノリがどう考えてもファン目線だ。決して悪いことではないのだが、釈然としないような任せていいのか本当に的なツッコミが口をつく。

「お前を主役に据えようと思う」
「?!」
「正確にはお前と優一をメインに組み立てる予定だ」
「ちょ、ちょっと待ってください」

突然、投下どころか連打された爆弾を受けて反応が遅れる。次世代共演、つまりは豪炎寺との初共演だ。しかも相手の人気を決定付けた看板タイトルだなんて恐れ多いを通り越してもはや謝罪したい。

「兄さんはともかく、設立からいてくれたメンバーなら俺の他にも…」
「不満か?」
「そんなことは、」

反射で答えてハッとする。脳裏によぎる所属俳優への遠慮も心の本音には敵わない。

「じゃあ頼む」

和らいだ相手の表情へ、頷くことしかできなかった。
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