陽射しのいい部屋 1 「話が、違う」 広げられた問題集とノート、罫線へシャープペンシルの芯を押し付けながらぽつりと唸る。振り向いた相手を恨めしげに見つめた。 「予選突破記念に祝う、とか言われた気がする…」 「部活と勉強の両立は基本だろ、お前好きな教科だけ頑張るの改めとけ」 菜箸片手に――もちろんそれで自分を差したりはせず宙で鳴らしただけだが――きっぱり言い切り、正論すぎる内容に反論できないうちにまた料理に戻る。 時刻は昼少し前、課題が終わる頃には昼食にちょうどいい。漂ってくる香ばしい匂いの誘惑を振り切って、数字と睨みあう。勉強は嫌いじゃない、面倒だと思うだけで。実際、公式を覚えるのは得意だし相性のいい問題もある。ただ、好きじゃない単元に当たると途端にやる気をなくすだけだ。図形問題は、苦手だった。 「ここ詰まりました」 「どれ」 かちり、火を止める音。足早に近づいてきた相手が覗き込む。流れる髪の毛が落ちて影が映り、かき上げる指が耳へとかける仕草を目で追った。視線に気付いた本人とかち合ってしまう、後悔。口元がいけすかない笑いを浮かべる。 「見とれた?」 「うっぜ」 早くしろと図形を示す。にやにやしながら問題を確かめ、すぐさま的確な説明を始める。悔しいが、わかりやすい上に頼りになるのだ。解き方のヒントを書き加え、頭へぽんと乗せられる手のひら。 「出来たら昼メシな」 「へーい」 なんとか解き終え、食事にはありつけたものの課題は残りあと数問。済むまで寝て待ってる、の言葉通り近くのソファーで寝こけてしまった。もうアドバイスがなくても分かるだろ、という信頼より挑戦状に近い。負けられない気分になって、筆記具を握り直す。 何度目かの格闘が終わり、ようやく問題集から解き放たれる。自由を噛み締めた伸びを力一杯。時刻は二時過ぎ、後方を見やると静かな寝息を立てる人。思いついて席を立つ。勝手知ったるとまではいかないが、洗い立てのシーツを見繕ってソファーへ近付く。傾いだ首をそーっと覗き込み、熟睡を確認してからシーツごと隣に座る。被せた瞬間、ふわりと香るお日さまの匂い。大きな窓から入る陽射しは部屋を明るく照らす。凭れかかりながら、自分もうとうとまどろみに包まれた。 昼食前のやり取りが頭をよぎる。撫でられるのは、慣れるようで慣れない。大人と子供の差、なんて今更気にしても仕方のない話だが。27歳と17歳、十年も違えば開き直りが明暗を分ける、というか分けた。 二年前、まだ中学生だった頃。それが俺と南沢さんの出会いだった。 |