疑惑


倉間を迎え、一旦状況を把握するために軍議が開かれた。
各々の報告を吟味したのち、アフロディが顎に指を当てる。

「それにしても、向こうが黄昏の紋章を宿してくるとは思わなかった」

王子の宿す黎明の紋章と対となる、紋章。その威力は凄まじく、見過ごせるものではない。

「くっそ、あいつにつけられんなら俺が貰ったって良かったのに。レイザがいけるなら俺もいけるでしょ」

舌打ちして毒づく倉間に天馬が首を傾げる。

「そう、なのかな。水鳥様、黄昏の紋章は誰にでもつけられるものなんですか?」

この場で紋章を知る王族は水鳥のみ、疑問は当然のように向けられた。返事はない。考え事でもしているのか、視線を落とした表情はどこか不安をかき立てる。

「伯母上?」
「あ、ああ。悪い、あたしもよく知らないんだ」

太陽の呼びかけに顔を上げ、軽く首を振る。自分より知っている者が、の一言でウルビダへと思い至る。そう、もともと紋章の状態を憂いて行動を共にしてくれているのだ。彼女に聞けばそれこそ早い。天馬を引き連れて走り出せば倉間も着いて来た。当然といえば当然だろう、情報は黄名子の安全に繋がる。先程感じた不安はあっさりと忘れ去られた。
その時の水鳥の様子を気のせいで済ませてしまったことを、太陽は酷く後悔することになる。

ウルビダに話を聞きに行くと更に謎の女性が現れた。太陽の紋章と黎明の紋章の関係を語られたけれど正直、頭がついていかない。そもそも名乗られた名前が飛んでいる、驚きすぎた。全体的にぼんやりと覚えているのであとで一人で整理しようと落ち着いた。天馬と倉間も聞いていたのだから三人寄ればなんとやら、なんとかなるさと自分の護衛の口癖を脳内で呟く。階段を下りて廊下に出た時、マント姿の豪炎寺が歩いているのを見かけた。

「豪炎寺さん!」

駆け寄ると微かに笑ってくれる。彼は倉間を目に留めると頷いた。

「倉間もきたのか」

瞬間、物凄い殺気が背後から膨らんだ。

「豪炎寺ぃっ!」

驚いて振り向く先で武器を構えるのは倉間。今にも飛び掛らんとする前に慌てて天馬が押さえに入る。

「どうしたんですか、倉間先輩!」
「どけ!天馬!こいつはっ、こいつがっ!」
「何の騒ぎだ!」

叫ぶ声を聞きつけ南沢が駆けつける、どうやら近くを通りがかったらしい。倉間を止められる一番の相手が現れて少しだけ安堵するが状況はまずかった。天馬に前を塞がれて怯んだものの、豪炎寺を射る目つきは更に鋭くなる。

「王子の傍によくもぬけぬけと…!夏未様を手にかけたくせに!!」
「なっ…!」

太陽の声だけが落ちる。その場の誰もが絶句した。

「ご、誤解です倉間先輩!それはアルファたちがでっち上げた嘘で!」
「嘘なもんか!俺は見たんだよ!あいつの剣が!夏未様を!」

いち早く我に返った天馬が激しく首を振る。それを遮って倉間が床を踏んだ。危ないと判断したのか南沢が二人へと近づいていく。豪炎寺は沈黙の後、一言も発さずに踵を返す。

「豪炎寺さん?!今の話は、今の話は本当なんですか!?」

辛うじてマントを掴んで引き止める。歩み出す前だった彼は振り返ると、無表情のまま優しく頭を撫でた。
思わず力が抜け、するりと布が手を滑る。

「貴様ぁ!逃げんのか!」
「そこまでだ倉間」
「南沢さん!離せ!離してくださいっ」

二人の喧騒が耳に遠い。太陽は豪炎寺の背を見つめたまま、動くことが出来なかった。
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