道化だとしても


廊下の騒ぎから無理矢理回収して自室へ向かう。少しでも気を抜くと駆け出しかねない相手を押さえるのは骨が折れる。
途中でいくらか諦めたか、それとも怒りを羞恥が上回り始めたか。扉をくぐったところで思い出したように声を張ってきた。

「離せよっ、離せっ!!」
「いい加減にしろ」

ごく低く嗜めれば倉間が震える。あまり怯えさせるのは本意ではないが、頭を冷やさないと始まりもしない。
ようやく暴れるのをやめた相手をベッドへ座らせ、近くに立ったまま腕を組む。

「お前は自分が何やったか分かってるか」
「……裏切り者を粛清しようとしただけです」

ぶすくれながらも返事はそこそこ早い。少しの間は言葉を選んだ結果だろう。
その気遣いを別に発揮しろと感じつつ、遠まわしな問いをひとつ。

「いま、豪炎寺さんがどうしてると思う」
「知りませんよ」

あからさまに不機嫌な声。そんな名は聞きたくないとでも言いたげだ。
想定内なので続けて言う。

「出てったぞ、おそらくな」
「はあ?!」

これまた予想通りあらぶってきた倉間へ軽く手を振り、肩を竦めた。

「あんなに喚き散らして噂が広まらない訳ないだろ、弁解する気もないみたいだしな」
「ハッ、決まりじゃねーか。やっぱりあいつが」
「倉間」

吐き捨てるように笑うのを、いよいよ流してはやれない。
かたく遮った音と自分の視線に倉間が息を飲む。じっ、と見据えた。

「王子の大義名分は何だか知ってるよな」
「そんなの姫様のっ」

勢いを取り戻すのを更に潰す。

「そう、しかし表向きは俺たちは反乱扱いだ。その中核にいる人間が前女王を手にかけたという話が流れれば――」
「っ…!」

顔色が変わる。瞠目し、わなわなと震えた後、ぎゅっとシーツを握り締めた。
心の中で溜め息をつく。

「やっと分かったか」
「俺、おれがドラートに残された理由、これだったんだ…」

しかし、倉間が呟いた内容は懺悔ではなく。

「あいつに会えば黙ってらんねえ、こうなるの知ってて、いや、そのために」
「倉間」

言葉から雰囲気からそして何より表情から、浮かんでくるのは怒りと悔しさ。
惨めさに彩られた声色と共に拳が震えた。

「俺が寝返ることまで計算だったのかよ…!!」
「くら、」

打ち付ける寝台の揺れに言葉が途切れる。
弾けるよう顔を上げた倉間が立ち上がった。

「でも、でも本当なんです、おれ、おれほんとうにっ、」

泣く寸前の瞳、反射的に抱き締めて胸におさめる。

「わかってる」

腕の中で怯える相手をただただ、受け入れた。
強くなる力はお互いに。擦り付く合間にか細い声が。

「本当なんです……」

疑うものか、否定するものか。この世の誰が何と言おうと、自分だけは絶対に。

「お前を信じる」
「みなみさわ、さん」

泣き出した倉間の髪へキスを落とし、何度も名前を囁いた。
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