unlockに理由はなくて 3


「倉間さー、最近ちょっと忙しい?」
「んあ?なんでだよ」
「やー、なんか会う頻度減った気ぃすんなーって」

電話越しの指摘に現実を示される。浜野はこれで鋭いところがあった。適当に受け流しながら頭の片隅に危険信号。

「速水もちょっと心配してっしさ、今度あそぼー?」
「ん、予定確かめとく」

通話を終え、僅かな思案。しかし考えたところでその場面にならなければわからない。一旦保留にしたその問題は、数日後あっさりと発現する。

「あ、南沢さんが一緒だ。ちーっす!」

二人揃って出かけた機会に鉢合わせるあたり、見事としかいえなかった。最近はむしろ一人で動く方が少ないのだから、起こりうる流れでもある。

「お久しぶりです」
「ああ」

軽いノリの浜野と会釈する速水に頷く相手。いまからどこに、なんて世間話が展開される。

「映画。ファーストデーだし」
「やっぱ千円だよねー!わっかる」
「普通だとやっぱ高いですよねえ」

立ち止まり、会話を交わしたのは二分にも満たない。
そっと肩に触れてきた掌が控えめに急かした。

「倉間、そろそろ」
「あ、はい」

じゃーな、と手を振って二人と別れ、映画館へと歩き出す。変わらず見える横顔に、一抹の不安。案の定、家に帰ればべたべたにひっついてなかなか離れてくれなかった。くっつくならもっと深くで、と言ったらすぐさま機嫌を直したけれど。

数日後、掛かってきた電話は浜野。

「なぁ倉間、今からぜんぶ空返事でいいから話きーて」

真剣な声音に瞬時に把握する。

「ああ、いまいねーから普通に話す。心配すんなよ」

即座の返しで息を飲んだ友人はひたすら自分を説得しにかかった。全てが想定内すぎて逆に困る。下手に反論するとよくないと思い、言い分を聞き終えてから結論をぽつり。

「お前らあたりなら会おうと思えば会えるし」
「そーじゃないっしょ!」

とにかく埒が明かない上、このままじゃ乗り込みも辞さない流れを感じ、抑えるために家を出た。そう遠くもなく、近いと問われると悩む距離の浜野のアパート。訪れてみれば、やはりというか速水もいて、予想通り平行線ばかりの話し合いに疲れを覚え立ち上がる。帰ろうとして玄関で違和感、そう、何か、何かが足りない。

「話を聞いてもらえない気が!」
「したので!」

浜野、速水の順で響く声。どうして分割したというツッコミをかろうじて留める。

「どうにかしたいと考えた結果!」
「靴を隠しました!」
「地味すぎる引き止め!」

さすがに言わざるをえなかった。
中学からノリが変わらないのを褒めるべきか喜ぶべきか。微妙な気持ちになりながら腕を組む。

「バカやってねーで靴出せよ、俺は帰るぞ」
「ダメです」

一歩踏み出したのは速水。真面目な顔で拳をぎゅっと握り締めている。

「倉間くん、俺たち心配なんですよ」
「そーそー、今はまだ緩い感じだけど何がどーなるかなんてわかんないっしょ?」

正直、あの短い邂逅だけで危うさを感じ取ったのなら素晴らしいと言いたい。自分はとても恵まれていると、しみじみ思う。

「仮定でダチ閉じ込めんの?」
「じゃなくてー!とりあえずちょっと離れなって、話聞いてくんない?」

だとしても聞けないものは聞けなかった。むしろ既に十分だ。近すぎるから、なんて言ったところでどこに解決策があるのかと。ポケットから携帯を取り出す。履歴から呼び出してすぐさま繋がった。

「倉間?」

数回のコール音で出てくれた相手に端的に願う。

「南沢さん、迎えに来てください」
「わかった」

驚愕する二人を目の端に捉えつ通話を切る。実は出る前にメールしておいたのだ。入れ違って心配させるのもどうかと思って。

「帰る時間言ってるし多分近くまで来てるぜ。五分もあればつくんじゃね」
「倉間くん…」

速水が呆然と呟き、浜野は口を噤んでいる。もう、無駄だとさすがに気付いたんだろう。悲観するな、手をひらつかせて言葉を続ける。

「やめとけって、あの人どーせ何もできねーんだから」

表情のかたい様子に首を鳴らし、息を吐いて説明を加えた。

「あの人さ、俺が大事なんだよ。大事だから俺の周りに手ぇ出せねーの、牽制が関の山」

何もされていない、言われない。滲むのは甘ったるくて重い、子供のような我侭だけ。

「仮にお前らに何かしたりすればマジギレするし、俺が。頭だけはいいから想定が得意なんだよ」

言い終わるに合わせて呼び鈴の音。二人の視線が玄関へ向かう。

「ほら来た。さっさと靴返せって」

今度は揶揄もなく真剣に言い放つ。

無事、靴を回収してドアを開け、和やかに挨拶を交わしてその場を後にする。歩き始めて数分、アパートから離れたあたりで隣を見上げた。

「早かったですね」
「ちょうど近くだったからな」

――嘘ばっかりだ。

帰宅時間を伝えれば、間に合うように迎えに来る。言わなくても必ず。もう既に向かっている相手に電話しただけに過ぎない。上着の袖をくい、と引いた。

「手ぇ繋ぎますか」
「いいのか」
「いいですよ」

また、嬉しそうに笑う顔。繋いだ手をしっかり握れば、幸福を浮かべて穏やかに微笑む。確かな体温を感じながら、二人に告げた最後の台詞を思い出す。

――あの人、俺がいないとたぶん死ぬから。
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2012.11.11 無料配布

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