unlockに理由はなくて


相手が一人暮らしを始めてから呼ばれることの多いこの部屋は、慣れすぎてそろそろ自宅に近い。こみ上げるあくびを噛み締めたところ、飲み物を手渡した流れで覗き込む。

「お前なんか眠そうだな」
「あー、ちょっと終電逃して帰れねえしカラオケオールやってて」

一応ちょっと寝ましたけど、という呟きは相手の眼差しに遮られた。

「誰と」

静かに短い切り込みは何故か重さを持って耳に届く。
答える声が僅か遅くなる。

「浜野と速水」
「ああ」

名前を聞けば、一瞬纏ったよく分からない空気は霧散し、カップを持ったまま踵を返す。無意識の安堵が胸に落ち、疑問を覚える間に相手は引き出しを探り何かを取り出した。

「倉間」

呼びかけと同時、机に置かれる相手のコーヒー。差し出された掌の上、鈍く光る金属はコメントし難い。

「えー、と」
「合鍵」
「見れば分かります」

キーホルダーもついてないそのまんまのまさに予備といった感じのそれ。確かに鍵だ、鍵でしかない。何故いまこれを受け取る方向になっているのか。反応が薄いのを見かねてか、説明の言葉を重ねてくれる。

「帰れなくなりそうなら使え。連絡してこなくてもいいし」

ほら、と促され、つい手に取ってしまった。すると満足げな様子でカップを持ち上げる。

「ありがとう、ございます?」
「なんで疑問系」

小さく浮かべる笑みは、見慣れたいつもの若干ムカつく顔だった。思えば、前兆は昔から。離れていた期間もあって、高校以降はお互いになんとか傍に居ようとしていたから、当たり前の延長が歪み始めたのに気付かなかったらしい。そもそも、自分には南沢篤志という人を拒否する理由が全くないのもある。注がれたものは全て受け止め、零れようものなら更にとねだった。需要と供給、割れ鍋に綴じ蓋。表現なんてどうとでも。

アパートへのフリーパスを獲得してしばらくのこと、見計らったようなタイミングで彼は言う。

「お前ここから通えばいいよ」

きたか、と思った。鍵を受け取った時点で、こうなる未来は必然だ。

「な?」

笑いかける表情はまた優しい。ともすれば錯覚してしまいそうなほど。答えない口元を親指がなぞり、頬へ掌が滑って顔を寄せられる。

「元々親戚から安く借りてたし、部屋もあるから」

拒否の選択肢が、見えない。一ヵ月後には、引越し業者のお世話になった。
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