組み立て意識の取り扱い 1


ほだされたのか転がされたのか、そしていつの間に成立していたのか悩む関係性は 分かりやすい宣言のないままに一ヶ月が過ぎようとしていた。 暇を持て余した帰宅部と多忙な受験生の休日は、勉強の後か先に街をぶらつく息抜き散歩コースが定番になる。 邪魔をする気もないので宿題をやったり予習をしているうち、学力の底上げがなされてきた。 何か、操作を感じるのは気のせいだろうか。南沢は何も言わない。

取り留めのない会話の途中、電気屋の店先に置かれた最新テレビが視界に入る。
録画か中継かは分からないが、それは試合だった。
ふと目線が止まり、 つられた相手がその先を確認して問いかけてくる。

「お前、サッカー好きなの」
「や、テレビで見るくらい、つか、ワールドカップとかやってたらついついテンション上がるみたいな。 オリンピックで応援したくなる、感じ?」
「ああ」

問いに対する疑問系に突っ込みはなく、軽い返事で納得の様子。
店を通り過ぎてからも倉間の口は動いた。

「昔、イナズマジャパンとかすげー好きで、あん時、なんかサッカー一色ぽくて」
「見てた見てた」
「雷門イレブンがあっちこっち散ってて白熱したっつーか、…あれ」
「どうした」

いまの自分たちと同年代の少年達が競い合った世界大会。 幼心にとても輝いて見えたのを思い出す。 昔はそれほどルールも理解しきれなかったけれど、選手の動きに、プレイに、胸が躍った。
頭の隅を、くすぐるような、感触。表情が一瞬消え、呼びかけにぽつりと答える。

「フットボールフロンティア、いまなんて名前でしたっけ」
「なんだいきなり」
「え、あ、なんか気になって」
「雷門が優勝したってのは知ってる」
「イナズマジャパンといえば、とか思って」

そう、記憶にある。そもそも優勝チームだから注目していたわけで、原点はそこになって、 夢中で試合を眺めて。
つらつら思い起こすような倉間に南沢が軽く笑う。

「なんで遡ってるんだお前」
「あれ?なんでですかね?」
「はは」
「つかすみません、いきなり話飛んで」

相手の笑い声に話の腰を折っていたことに気付く。
そう大した内容でもなかったけれど、いきなり捲くし立てるようになったのは悪い気がした。

「別に?お前の話聞くの好きだし」
「そ、ですか」
「なに、照れた?」
「うっせ」

事も無げに言う、その自然な態度に思わず口ごもる。笑みを広げて重ねてくるのは嬉しさと揶揄の混ざった何か。
顔を背けると、頭を優しく撫でられる。ますます居心地が悪い。

それから、ちょくちょく話題にサッカーが混ざるようになった。 自分でもよく分からないが、共有したい気持ちが生まれている。 流しも拒否もせず聞き役に回る相手は疎んじる様もなく、ただ倉間の好きにさせた。

勉強の合間に小休止。 菓子とジュースをテーブルに乗せ雑談を交わす中、何度か飲み込んだ問いをついに表に出す。

「あの、南沢さん、は?」
「俺も普通に好き、雑誌買ったりするほどじゃねーけど」

ほっと安堵の息が漏れる。南沢の表情が崩れた。

「そんな安心するか」
「や、だって興味ないのに聞くとかしんどくないすか」
「俺はお前に興味あるから」
「そういうのいいんで」
「ひでーな」

真面目に答えるも、ひょうひょうと方向性の違う返事。 そこは求めていなかったので切り捨てたところ、愉快そうに目を細める。 顔が寄せられ、お互い無言で目を瞑った。触れ合う唇の温かさ。 すぐに離れて瞼を開けて、見詰め合うまま、言葉にしようと試みる。

「あ、の、」
「ん?足りない?」
「ちが、」

覗き込む瞳は雄弁、足りないのは自分ではなく――

「わ、ないです」
「素直」

ふっと微笑む顔が眩しくてぎゅっと瞼を閉じて暗闇へ戻る。 笑う吐息に唇を結ぶものの、触れる柔らかさにすぐ力を抜く。 啄ばむ動きに吸い返す。遊ぶようなキスを何度も繰り返し、僅かな音が耳から誘う。 知らず肩が揺れ、相手の掌が頬へ当たる。薄く開くと、ゆっくり入り込む、舌。 撫でるように擦り合うざらついた感触。鼻から甘い息が漏れる。 するり、抜かれた舌に思わず目を開けると嬉しそうに囁く。

「今日、舌いいんだ?」
「ぁ、」
「いつも、噛むのに」

顔を引こうとすると背中を押さえられ、逃げられない。 絡めた視線を逸らさずに舌が伸び、唇の隙間をくすぐる。

「ん、」
「かわい」

甘えた声に甘やかす声が落ちて、今度こそ深く唇が重ねられた。 無意識な腕が相手の首へと伸びる頃には、思考など飛んでいる。 体重を預けて、身を任せた。

2へ  

戻る