専属の意味合いをひとつ 3


「つか、れた……」

着くなりソファへ倒れ込んだ。いつもはもう少し遠慮もあるが、今日はそんな余裕も売り切れ終了。
レッスン場からそう遠くない南沢のアパート、実家が都心より若干離れている彼は事務所紹介のここに住んでいる。実家通いの倉間は親しくなってからちょくちょくお邪魔していた。
仰向けでぼーっとしていると、同じく消耗した様子で困ったように笑った南沢が緩く近いづいて頭を撫でてくる。大人しく感触を確かめながら、何とはなしに疑問を落とす。

「南沢さん、違うの言ってましたね」
「ん?」

浜野提供の馬鹿馬鹿しい文章は、そこらの奴が言えば失笑ものだが、南沢なら許されると思う。
決まってもらっても、あーあ、みたいな気持ちにしかならないけれど、実際彼が口にしたのはよくある台詞。

「お前もツンデレにしなかっただろ」
「すると思ってんですか」

睨みつければ笑いを零す。別にそこまで気になったとかじゃなく、それでも考えた理由としては、ただひとつ。
この先輩は使えると思えばインパクトなり何なりを優先するから、あれくらいやる気がした。本当にそれだけのこと。
鼻を鳴らす倉間にますますおかしげに、髪を梳きつつさらりと言う。

「俺、お前のだし」
「は」

理解が遅れる。

「リップサービスはいくらでもするけど、選ぶのは一人だしな」

回りくどくも直球な言。だるま落としよろしくスコーンと打ち抜かれた感覚に目を見開いた。
柔らかく微笑んだ相手が覗き込んでくる。

「んー?」
「ちょ、だめです、ちかい」

鼻先を掠めそうな距離で視線だけでも逸らす。
語尾が囁く吐息になった。

「キスだけ」
「き、きのうそういって…」
「最後まではしてない」
「そうじゃねえ!つかやっぱそれだけで終わる気ねーだろ!」

昨日の感覚を呼び起こすようで声が震える。
色の乗った声に反抗の意思。負けるものかと噛み付けば、悪びれもなく瞳が細まった。

「ばれた」

そのまま詰められる、距離。

「や、だから、」
「したくない?」
「んな、わけ…」

ちゅ。結局触れてしまった感触はほんの少し。
すぐに離れる唇を視線で追いかけてしまい、南沢の微笑が広がる。

「ものたりなそう」
「!」
「冗談」

ちゅ、ちゅ、と有無を言わさず重なる柔らかさ。つい睨んだままのキスはじゃれ合いの延長で、深くなることなくまた終わった。
鼻先が当たり、額も当たる。視線に含まれた感情が肩を震わせて、でも聞こえる声は頼りない。

「足りないのは、俺」

おそるおそるかぶりを振った。強く否定すればそれも心配させてしまうから。

「おれ、も」

――欲しいです。

動かした口は言葉をちゃんと発しただろうか。確かめるより早く、今度こそ深い口付けを得た。
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