専属の意味合いをひとつ 1


事務所付属のレッスン室。所属タレントなら自由に使っていいその場所は、ほぼ年中無休で解放されている。小部屋が幾つかと大部屋がひとつ。大きな部屋は可動式の壁で区切ることも出来る。貸切の事前申請も可能で、入口には予定表が随時更新されていく。
本日も自主的に訪れた若手アイドルたちが各々のメニューをこなしていた。

「結構な人数、揃ってるな」
「あ、風丸さん!」

ひょいと覗き込んできたのは、プロダクションの事務を受け持っている一人だ。感覚で仕事をしてしまう円堂の尻拭いをする係ともいえる。スケジュール確認、名刺の用意、補佐の仕事は秘書に近い。人懐っこく天馬が駆け寄ると優しく笑い、挨拶を終えたのち全員を見渡した。

「今日はみんなに残念なお知らせだ、社長が思いついた」
「帰っていいですか」

聞くや否や即答で挙手した南沢へ激励と宣告が飛ぶ。

「その発言の勇気は称えよう、諦めろ」

真顔で言い切る風丸の口調に逃げ場のないことを悟る面々。生ぬるい空気が流れた。
諦めのムードを感じ取った年長者は手を鳴らし、改めて仕切り直す。
さすがに集合せざるを得ない流れで一箇所に固まり、大人しく概要を聞いた。

「キャッチコピーを考えてもらう」

自作のそれを発表して、社長のお眼鏡にかなえば採用。面白くなかったら彼が考えてくれる、との話。
一瞬落ちた沈黙へ追い討ちが掛かった。

「つまり、笑わせるか円堂のセンスに任せるかの二択しかお前たちにはない」
『鬼だ!』

全員の声が唱和する。

「ちなみに発表はいまから一時間後だ」
「無茶振りすぎるっしょ!仕組まれたお笑い番組よりひどい!」
「アドリブに強くなるためだと思え」
「求められるアドリブはきっと別のものです!」

淡々と流す風丸に浜野が叫び、速水が抗議を。天馬と信助は顔を見合わせ、倉間の表情は固まっている。
南沢が溜め息を吐き出したタイミングで、風丸が軽く視線を流す。

「ちなみにそこで事務所が違うから、とすました顔をしている剣城。豪炎寺も来てるから逃げられないぞ」
「とんだとばっちりだ…!」

思わず敬語もとんだ剣城の肩を天馬がそっと叩いた。
死なばもろともである。

健闘を祈る、と言い残して扉を閉めた風丸を見送って、その場へ全員が座り込んだ。
浮かぶ空気はザ・絶望。
とにかく時間を無駄にしてる場合ではない、考えなければ待っているのは選択肢のないキャッチコピーだ。

「社長のセンス、結構壊滅的だからな…」

呟く南沢の本音に倉間がぼそりと繋げる。

「フュージョンとかなんだ二重音声にでもなんのか」
「みなくらま、みたいに?割と語呂いいんじゃね」
「そういう問題じゃない」

被せてきた浜野の頭をおざなりに叩く。ユニットが決まって一番辛かったのは何といっても名前だ。二つの異なるものが合わさって、なんて説明からやな予感はしていたのだが、まさか本気でそのままフュージョンMKとかつけてくるとは思わなかった。どこかの有名な何かを彷彿とさせるネタをわざわざ拾う友人は殴るしかない。
痛くもないくせに掌で押さえる様を冷たくみやるも、めげない相手は南沢へとメモを手渡す。
疑問符を示す先輩へ朗らかな笑顔。

「南沢さん、言ってみてほしいなーって」
「ほう、」

かさり、開いたメモを見て数秒の間。
ふっ、と笑うと髪をかき上げ、流し目を作り一言。

「貴方の恋人……南沢篤志です」
「ぶっ、」
「南沢さん、パネェーーーーー!!」

素でふいた倉間とガッツポーズで迎える浜野。偶然、耳に入ってしまったらしい剣城がすごい表情をしていた。どうしたのつるぎー、と揺する天馬が声を掛けてようやく自分の思考へ戻っていく。ささやかな同情を覚えながら友人の奇行に文句を言おうとしたところ、浜野は倉間へも提案を寄越す。

「くらくらさせちゃうみんなのツンデレ★とかでよくね」
「お前メリケンサックな」

親指まで立てて言ってきた根性に敬意を表して同じ指を下に向けた。
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