Heatbeet Emotion 5


「ドラマ、きました」
「おー、やるじゃん」

忙しく日々をすごしていく中、新しいオファーが舞い込んだ。
次の連続ドラマでレギュラー枠、なかなかの快挙で社長もご満悦である。
台本を貰うまで実感があまりなかったが、手にした瞬間、じんわりくるものがあった。
しかし中身を読んで物凄い壁にぶち当たった。
報告したのち押し黙ったのを訝しがって、南沢が自分の台本から顔を上げる。

「なんだ、難しいのか」
「や、難しいっていうか」

控え室の入り口で立ち止まる倉間を見ると足早に距離を詰め、本を奪い取った。
あ、と思う間もなくパラパラ捲り始め、あるシーンで音が途切れる。
息を飲んだ。

「なるほど、キスシーンか」

再度突きつけないで欲しい。
覚悟が足りないと言われたらそれまでかもしれないが、さすがに恥ずかしい。
というか何で第一話からあるんだ、普通もっとなんかあるだろ、と言いたい。
馬鹿にされるだろうかと投げやりな気分でいたら、名前を呼ばれた。

「倉間」

返事をする前にもたらされる温かな感触。
離れていく相手の顔がやけにスローモーションで、視線が絡むと愉しげに笑った。

「いただき」

反射的に突き飛ばした。僅かよろけたものの足が動いただけの相手は怯みもしない。
身体が震えるのは怒りのせいだろうか。呆然と問いかける。

「なに、して」
「なにって、キ」
「うあーっ!!」

聞きたくないとばかりに声を張り上げた。
そんなさも当然のように答えて欲しかったんじゃない。

「あ、あんたは慣れてっかもしれないけど俺は」
「初めてだろ?仕事に取られてたまるかよ」

思考が完全に止まった。何を言われて、いるのか。

「つーか俺もだし」
「う、うそ」
「じゃねーよ、あんなの分かりやすい角度撮りだ。今んとこはな」

さくさく進む会話の流れが把握できない。
自分が初めてで相手も初めてで、どうしてさっきの行動に繋がってしまうのか。
硬直したのを見かねて南沢が息を吐く。

「だいたい、男にネタでキスなんてしないっつの」
「いや、俺、おとこ…」
「だーかーら、」

再度の溜息、次いで壁に押し付けられる。

「倉間にキスしたんだよ、分かれよ」

密着するほど近い距離、見つめる視線。
苛立ちを隠しもしない、表情。

「お前の初めては全部俺がいい」

射抜かれた。逃げ場などなくただひたすらまっすぐに。
身体中の力が抜けて、壁に凭れたまま崩れ落ちた。
見下ろす視線がまだ強い。

「腰、抜けた」
「ふは」

笑みで表情を崩してしゃがみこんでくれた相手は目線を合わせて催促の言葉。

「なあ、返事」
「あ、その」
「くらま」

目を逸らせず口も回らない。
とん、と壁に手が当たる。片腕なのに囲われたような錯覚に陥る。

「どう、ぞ」
「ん?」

優しく微笑むのは追い詰めの意図なのに、わかっていて手を伸ばした。

「全部、どうぞ」

指先が頬へ触れ、南沢が目を見開いた。
悔しげに眉を歪めると、指を手ごと捕まえて慈しむよう擦り寄せる。
聞こえてきたのは拗ねた声色。

「お前、もうちょっと自分を大事にしろよ」
「アンタが言うな」
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