ああもうだからさあ 2


時間の合間を縫ったり、示し合わせたり、しているうちに勉強を見てやるのも普通になっていた。
ごく自然にプリントを広げる倉間と参考書を開く自分、なんとも真面目な光景。
ふと気付けば手が止まっているようだ。視線を落としたまま動かないのを見て声をかける。

「なんだ、詰まったのか」
「いや、半分終わったところでこのめんどくさい計算をあと10問やるのかと思うと気力が…」
「数学は繰り返すのが基本だ、慣れろ」
「うえー」

まじ勘弁、とでも言いたげに表情が歪む。 興味のないものに正直すぎるのがこいつの悪いところだと思う反面、 半分は真面目に解くようになっただけ進歩を考えるか悩むところだ。 これが答え付きの問題集だったりした場合、答えを見ながら全部写していたのだから手に負えない。 しかも、ところどころ途中式を書かなかったりわざと間違えてそれっぽく見せかけるのが姑息だった。 そこに頭を使うなら普通に解いたらどうか、夏休みの宿題に物申せば目を逸らされた。 自覚があるのは救いといえる。
ともかく、一度思考に捕らわれるとモチベーションというのは戻ってきづらい。
面倒、で塗り潰された脳内に一石を投じてみることにする。

「終わったらご褒美にちゅーしてやろうか」
「はあ?」

不機嫌から不可解へ表情がシフト。意識が自分へ向いたのはいいが、あからさますぎてさすがになんとも。

「ちょっとした茶目っ気だろ」
「なけなしのやる気がゼロどころかマイナスですよ」

はあー…とわざとらしい溜息をつきながらシャープペンシルをノックし続ける。 出すぎた芯を紙面に押し付けて戻し、その際に削れた黒い粉が散った。 どうやら言葉遊びこそ鬱陶しいの結論を見出した倉間は嫌がりながらも数学へ帰還。 終わり良ければ――良いかは疑問を覚えるにしてもやる気になったならいいだろう。 自分の途中式を見直してイコールを書き加えた。

集中することしばらく、時間の経過は確かめていないが相手の行動でそれは途切れる。
カツン、とペンの落ちる音、むしろ投げて机に当たった音が正しい。

「終わっ…た」

筆記具を投げ出して後ろへ傾ぎ、床へ手を突いて息を吐く。大袈裟な様子を見やり、机上のプリントを確認。
最後まで書き切っているから及第点、自己採点までやるのがベストといえどよくやったには違いない。

「お疲れ」

キリも良かったので労いをかけたところ、ぱちりと目が合う。 何故か発生する微妙な間。
疲れた顔から真顔になった相手がさらりと言った。

「で、ご褒美は?」

一瞬思考が追い付かない。 これはなんだ、あれだ、完全に流されたものだと思っていたので。
そもそも乗ってくるような性格じゃないだろうお前は。
姿勢はそのまま、視線も固定、じっと見つめられて変な汗をかきそうだ。

「あー…、いるの?」

どうにか言葉にした問いは情けなく、呼応して倉間の顔に笑みが浮かぶ。 分かりやすく表すならば、ざまあ、といったところか。 こっちの裏をかく手管ばかり上達してどうする、お前は俺をどうしたいんだ。
動く気が見受けられない相手に近寄って、腕を伸ばす。 軽く頬へ触れたら目を瞑って擦りついてくる。ちくしょうかわいい。 しっかり身体を寄せて掠める唇、感触に息を吐いてもう一度押し付けた。途端、肩口から絡められる体温。
ねだる意思に負けた気分を味わいつつ、振り切るように柔らかさを吸い上げる。
漏れる息が甘いのが、せめてもの救いだった。


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