ああもうだからさあ 1


復習になるから、とのお言葉に甘えて勉強を見てもらうのもそう珍しくはなかった。
単に相手の勉強の待ち時間が潰せれば良かっただけで、宿題以上のものをやるつもりも薄い。
しかし、詰まるたび頼んでもないのに懇切丁寧に教えられて悪い気もしない。
そうやって気にされている、というのは結局は邪魔してるんじゃないかとも思う。
一度言ってみた結果、やる気が下がるから却下の回答。……正直、自惚れる。
調子乗りついでに普段は言わないことを口にしてみる――それが大きな間違いだと何故気付かなかったのか。

時間を決めての長文読解、限りなく実用的な勉強のひとつだろう。
ストップウォッチを持たされて、目標タイムと理想タイムを確認する。

「理想タイム切れたらご褒美あげましょうか」
「じゃあ倉間」

何気なく呟いたらまさかの即答。 耳を疑う、思わず二度見する、だが相手の顔はどう考えても本気だった。
忘れてた、この人冗談わりと通じねえ。心底めんどくさいと感じながらスタートボタンを押した。
いざ始まってしまえば測定係は暇だ。 だからって数字は確認しなきゃいけないわけで、必然的に南沢さんを見つめるしかなくなる。 真剣に問題へ向かう顔、この顔に釣られて騙される女子のなんと多いことか。 イケメンだのクールだの騒がれてるのを目の当たりにしては、そんな言葉で済ませられる男かよ、と。 まあ確かに見た目は悪くない、それは認める。つーかこれが美形じゃなかったらどれが基準なんだと言いたい。
でも中身だ、大事なのは中身だ。 この整った顔立ちの下に潜む自分勝手勘違い頑固エトセトラを味わってこそ 南沢さんを評価できるとこまでいける。 そんなもん体験しても心労しか持ち得ないけどな。
つらつら考えているうちに相手の手が止まる、視線が向けられストップ。数字を見て絶句する。

「理想より二分早ぇ…」
「さすが俺」

ふっと髪をかき上げる仕草に胡乱な視線を飛ばす。

「アンタそれでいいんですか」
「ん、倉間よこせ」

会話が噛み合わない。頭痛がする。

「なんか違う」
「違わない」

自分の額に手をやる、相手は腕を広げる。さあ飛び込めとでも言いたいのかこの男は。
だけども言ってしまったし結果も出た。 賞品を提案した時点で見えていた勝負ともいえる。 しぶしぶながら近づいて、胸に凭れかかった。抱き締める動きに合わせて背中へ腕を回す。 びっくりするほど上機嫌で、すりすりべたべた、擬音で表せばそんな感じのスキンシップ。 顔が埋まる形となった俺の頭に顎を乗せたり髪に口元を当ててみたり、 くしゃくしゃに撫でては戻すように梳いて、やがて柔らかく撫でながらしっかりと抱き締める。
ある程度落ち着いたか、大人しくなった相手の腕が緩まって、少し振りに顔を上げた。 絡んだ視線は、ひどく優しい。
なんかイラッとしたのを言い訳に、伸び上がってキスをした。


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