進学クラスの南沢さん 1


「あー、マジでどこだよ。戻した奴テキトーすぎ」

やる気の出ない課題の元を探すに当たって気力が上がるはずもない。
図書委員が示した場所になかった時点でどうでもよくなってしまった。 しかし一度読むために買うくらいなら借りる。学校で済ませられるなら済ませたい。 ごく当たり前の思考へ行き着いたからには、そして探した時間を無駄にしない為にはここで粘るしかない。 思ったよりも広い図書室を彷徨って疲れて諦め始めたその時、奥まった場所から物音が聞こえた、気がした。 この本棚の裏側に当たるようだ。いい加減面倒になってきていた倉間は好奇心を優先することにする。 なるべくゆっくりと歩き、横板へ差し掛かると身を隠すようにおそるおそる覗き込む。
奥まった壁へ凭れる人影。脚立を椅子にして本棚へ寄りかかる誰かは――寝ていた。
何もこんなところで……というか何故。疑問を抱きながらなんとなく近づいていく。 ふと見れば足元の鞄が倒れている。さっきの音は多分これだろう。 数歩の距離を置いて止まった途端、ポケットの携帯が振動する。

「うわ、」

タイミングに驚いて、その場で思わず声が出た。 口元を押さえても響いた音は取り消せず、目の前の相手はあっさり起きる。 眉が寄ったかと思うと一度薄く瞼を開き、確かめるように閉じてから今度ははっきりと開く。

「お前…なに?」

確認されたのは自分の存在だった。 微かに眠気の混ざった声で問いかける様子は明らかに不機嫌で、 そりゃ起こされれば腹も立つだろうと思いつつ答えを返すにはびっくりしすぎた。 つまり倉間は固まっている。 その間にも覚醒を始めた相手は自分の携帯を取り出して欠伸をひとつ。 時刻を流し見すると、どうでもよさげに首を鳴らした。

「あと10分で起きる予定だから許してやるよ」

――なんでそんなに偉そうなんだ。

心の中の突っ込みは音にはならなかったものの、硬直を解くには十分だった。

「で、名前は?」
「倉間、ですけど」

顎でしゃくるように尋ねる態度にイラッとしながらも素直に答える。 年上の空気を感じたせいもあるかもしれない。これで違ったら殴ってもいいんじゃないか、 そう思いながら居心地の悪さに言葉尻が歪む。 壁に凭れて値踏みするよう上から下まで眺め回した相手がおもむろに言い放った。

「1年?」
「2年!…です」

声を荒げかけておざなりに語尾をつける。 合点がいった様子で笑いを浮かべた目の前の顔が楽しげに口を開いた。

「ははっ、コンプレックスか。身長」

一人でウケて口元を緩める。さすがにカチンときた。 踵を返し立ち去ろうとすれば、背中に声がかかる。

「なんか探してんの?貸してやろうか、脚立」
「アンタのじゃないだろ」

もはや敬語も忘れてぶっきらぼうに返したところ、相手が吹き出した。 振り返って睨みつけるものの、何がおかしいのか喉でくっくと笑いながら立ち上がり鞄を拾う。 文句をぶつけてやりたいが反応に困っている倉間をよそに脇を通り過ぎる。

「じゃ、俺、塾だから。頑張れよ、倉間くん」

すれ違いざまに肩を叩かれ、ますますぽかんとするしかない。

「なんなんだ、あれ」

一週間後、ようやく終わった課題をギリギリで提出し、これまた提出期限の迫った本を返しに再び図書室へ訪れた。
折りしも先日と同じ時間帯、図書カードを受け取りながら意識は奥の本棚へ。 内心で舌打ちしながら足を向ける。

「…またいた」
「また来たのか」

書架の奥を覗き込めば、今回は起きていた相手とばっちり目が合った。
思っただけのつもりが口にした感想に返答が被り、どうしたものかと止まる倉間をちょいちょいと手招きしてくる。

「マジでなんか探してんの?」
「や、今日は返却です」
「脚立」
「へ?」
「話すなら、あっちから取ってくれば?」

一定の距離を取って話す言葉はぎこちなく、なんとか切り上げようとするのを遮るよう、唐突な単語が落ちる。 意味が分からず聞き返した間抜けな音にまた重なる勝手な台詞。指が示す反対側の壁に、おあつらえ向きの脚立が置いてあった。

「なんでこんなとこに、とか聞きたいんじゃねえの」

まったく持ってその通りではあるが、向かい合って座りたくはなかった。 何故か拒否権が存在しない雰囲気に、仕方なく腰掛けた倉間の帰りたい気持ちがMAXゲージに達しようかというあたりで、相手は予想外の気さくさを見せる。
進学クラスだそうで、毎週水曜日が塾だということ。自主参加の補習授業もあるというのに、わざわざない日にまで詰め込むやる気は理解できない。 学年に1クラスしかない進学クラスは申し訳ないが浮いた存在で、そのまま三年間持ち上がりとなればいよいよ他クラスとの関わりもなかった。 体育の合同授業くらいが関の山、あとは委員会や部活に限られる。

「5時過ぎくらいまで仮眠して、起きて予習して駅前で飯食って塾にいく。んで9時に帰る」
「一回、家に帰るって選択肢は」
「中途な距離だし帰って着替えんのもだるいし、この方法編み出してから超楽」
「そこまでして勉強するんすか」
「するに決まってんだろ、何のための進学コースだよ」

実にコメントしづらい実態を明かされて、思い浮かぶのは素朴な疑問。

「生徒会とかやらないんすか」
「あれ実際は便利屋じゃねーか、行事に追われて疲れんの勘弁」

内申を気にするならまず思い浮かぶ校内活動を一蹴。 委員会は真面目にやってる、の答えに納得するようなしないような。 しかし、図書室での時間潰しを選ぶ面倒くさがりなら学校行事の指揮など論外だろう。 もしくは、それほど自分の学力に自信があるという裏返しなのか。 話しながら溜まっていくモヤモヤがいい加減我慢できず、流れを無視して口を開いた。

「ていうか」
「ん?」
「アンタ、誰さんなんですか」
「ぶっ」

涼しげな顔が崩れた。 何をそんなにウケたのか、口元を押さえながら笑い混じりに名乗る。

「南沢。三年だ」
「タメとは思ってませんよ」

間のない返事に南沢がまた笑った。

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