ありふれた分岐点 2


ロッカーを閉めて、隣を眺める。
ネームプレートは既にない、羽織った上着を握り締め、倉間は俯いた。
南沢は部を去った。まるで決めていたとでもいうように、迷いなく口にした言葉が耳へ残る。
頭を振っても消えてはくれない、ロッカーへ拳を打ちつけかけて、手を当てた。

「くーらま」

間延びした呼び声にハッと顔を上げる。
入口近くの壁へ片手をついて、南沢が立っていた。

「なん…ですか」

学ラン姿とユニフォーム。その相違が今の全てを表しているようでまともに見られない。
視線を外し気味に答える倉間にふっと笑い、相手はすたすたと距離を詰める。
数歩離れた場所で立ち止まり、静かに指で示したのは、ファスナーの留め具。

「ついに壊したのかそれ」
「壊れましたよ。あんたがやめた次の日に」
「ふーん」

目敏く指摘したその場所は、確かに噛み合わせが潰れていた。
羽織ることはできるから、とそのまま使い続けているのに他意はない。そう、倉間は思っている。
タイミングが絶妙すぎて嫌になるが、南沢が退部した次の日に布を噛ませてしまい、
力任せに外したら機能しなくなったのだ。

「乱暴なヤツ」

くっ、と笑いを零す表情は変わらない。
それが堪らなく悔しくて、唇を噛んで下を向いた。
突如、頭の上にふわりとした感覚。視界も覆われた。

「餞別」
「!?」

頭を跳ね上げて視界が広がる。被せられたものは、いま自分が羽織っているものと、同じ。
つまりは南沢のジャージだった。

「良かったな、髪引っかからなくて」
「…俺のが絡まったらどうするんすか」

揶揄への抗議に返事はない。
口の端を上げていつものように笑うと、ジャージの上から頭を撫でる。
睨む視線と、笑う瞳。ぶつかったまま、手がゆっくりと離れた。

「大事に使え」

くるりと踵を返し、扉へ向かう。
口を開こうとした矢先、あ、と思い出したように相手が振り返る。

「夜のネタにはすんなよ」
「しねーよ!!」

間髪入れず本気で叫ぶと愉快そうに笑い出し、満足した表情で片手を振った。

「またな」

今度は振り返らず出て行く後姿へ、声を掛けられなかった。
否、掛けさせてもらえなかった、が正しい。
渡された上着を引っ掴み、床に投げつけようとして動きが止まる。

南沢の挨拶がその意味を成すのは、随分と先のことだった。
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