▼スルー


「でさ、」

機械越しの音声、内容のない電話はしばらくの雑談を生み、軽く三十分が経っていた。
話の接続になる短い言葉。しかし、間にしては少し長い沈黙が落ち、どうしたのかと呼びかける。

「南沢さん?」
「あーやばい」
「は?」
「おまえの声聞いてると」
「なんすか」

いきなり出た言葉に首を傾げる。
軽い語調だが何が様子がおかしい。
訝しげに訊ねてみれば、しみじみと答えてくれた。

「たつかも」
「それは大変ですね」

特に高低のない切り返しは中途半端な沈黙を生む。
無音に耐えられなくなったのか、相手は噛み締めるよう呟いた。

「……悪かったよ」
「謝るようなこと言ったんですか」
「え、なんで追い詰めてくんの」

真っ当な疑問に対する、お前まだ攻撃するのか的反応を頂く。
もちろんそんなつもりはない。至極淡々と口にする。

「別に好きにどうぞ」
「何を?!」
「おかずにするなりなんなり。俺以外のがなんかむかつくし」

ついに本気のツッコミになった相手へぶつけて返す。
言いつのるその台詞は、後半につれて感情が滲み出てきた。
再びの無音。吐き出すような声は抑え込んでいるようだった。

「…お前さ、そういうのは卑怯だろ」
「動揺とかして欲しかったですか」
「違う」

詰問のような言い方になる。強い否定が打ち消した。
怒り、ではない。だけど危うげな、響き。

「会いたい」

はっきりとした言葉。耳元からぞくりと伝わる。

「会いたい、会いたい、会いたい」

零れ落ちるそれは必死さと勢いを増して早口へ。
言われるたびに声が単語が頭の中をぐるぐる回る。

「お前しかいらねぇし」

機械越しと記憶の肉声が重なった。
ぐ、と左胸を掴む。握り締めた服の感触、篭もる力。

「アンタこそ卑怯だよ」

怒りと悔しさと恋しさのない混ざった声は掠れる。
もどかしい距離が、こんなにも辛い。

「会えるの、いつですか」
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