Side 影山
体育館のワックス掛けをするとかで本日の練習は早上がりになってしまった。前々から通達されていたので突然でもないのだが、練習時間が潰されるのはとても悔しい。休息の意味もわかんないの?と脳内で先輩の声が響いた気もするが、いつだってバレーと向き合っていたいのだから仕方がない。そこまで考えて、ふと携帯を取り出す。学校から離れて数分、歩きながら画面をちら見して記憶を辿る。 つい先日のことだ、会うたびにちょっかいと揶揄と幾らかの悪意を愛想のように振り撒きまくってくれた相手から告白された。告白である。やらかした何かを白状するやつではなくて、気持ちを伝えるとかいう、それ。正直、あの日の会話は超展開が超展開を呼んでの結果であり、どうしてああなったのか自分でもよく分からない。分からない、のだが、口から出た「俺のこと好きなんですか」の問いかけに肯定が返った瞬間、一気に自覚してしまった事実は覆らないのだ。 とどのつまり、影山は及川徹に焦がれている。それはセッターとしての腕前然り、そこからの派生と言われれば否定もしにくいが諸々含めてまとめての感情であるから切り離す方が難しい。でなければ、あんな面倒くさい男の相手などいちいちするかと思う。ああまた及川さんか、で済ませてしまえるのは慣れに加えて相手への許容があるからだ。この数ヶ月からのハイスピード結果に息を吐くと同時、携帯が震えた。 うっかりスピーカーボタンを押した及川のおかげで岩泉との旧交を温めたが、問題はそこではない。要するに用事はなんだったのか聞いたところ、青葉城西も練習が短く終わったそうで、それならと軽く提案されたのに少し前の発言がリフレインする。 ――俺忙しいんだよね。 「でも、及川さん、前に忙しいって」 当て付けでも何でもなく、口走ってしまった。自分を追い払おうとした彼と今の相手が同一人物だという混乱が襲う。だが、それを聞いた及川の返答は逆ギレだった。 「俺が!お前に!会いたいの!悪い?!」 電話口でやけくそのように放たれたその言葉に携帯を支える指が滑る。あ、と思っても既に遅し。沈黙する端末を見て呆然としたのは一秒、すぐさま履歴から掛け直した。コール音が数度鳴って、繋がるのに少し安堵。 「すいません、間違って切りました」 相手が喋る前に謝罪を述べれば、疑わしげな声が届く。 「ほんとにい?」 「悪くないです」 「え」 虚を突かれたような及川の顔が頭に浮かび、再度繰り返す。 「悪くないです、それじゃ」 言うだけ言って今度は意志を持って通話を切る。結局失礼なことに変わりはないが、あのまま話し続けるのは影山的にも非常に恥ずかしかった。 待ち合わせの公園に現れた及川はそれはもう不機嫌丸だしで睨みつけてくる。 「飛男クソ生意気むかつく可愛い」 だがその口から飛び出した台詞は罵倒のはずなのに最後がおかしい。聞き違いかと瞬きを重ねれば、更にイラついた様子でずかずかと近づいてきた。これは殴られる?と身構えかけた身体は相手の両腕に捕らわれた。 「むかつく、むかつく、むかつく、むかつく」 エンドレスで呟きながら、抱き締める力はそこそこにある。現状が全く理解できない影山は完全に硬直した。 (この人なんでムカついてんのに離さないんだ……) しばらくして静かになった及川は、こちらを向けとばかりに顎を指で掬う。むーっ、と子供のように引き結ばれた口は相変わらずのご機嫌ナナメ。 (やっぱ怒ってるな) 思った瞬間、顔が寄った。触れる体温がゆっくりゆっくり押し付けて離れ、目を開いたままのファーストキスは余韻どころか混乱しか生まなかった。 「あの、及川さん怒って」 「そうだよ、おこだよ!」 そういえば会ってからようやく喋った自分の発言はやはり遮られ、悔しげな吐き捨てが重ねられる。 「俺ばっか一喜一憂してほんとありえない」 (マジか) ここへきて及川が拗ねていたという事実を把握する。思い返せば、自分が指摘したからこそ観念して口にした訳で、あの時の渇望するような飢えた怒りのような表情は脅しに近かった。 「え、と、よく分かりませんけど」 「期待してない」 斬り捨てる言い草は自分勝手。気付かないことを責めておいて、フォローを受けることこそ嫌だとまた拗ねる。 ここでめんどくさいと放り投げるのは簡単だ、実際呆れてもいる。しかしあの酷く自己中心的な想いの押し付けを受け入れた時点で心など決まりきっていた。無意識で伸ばした掌が相手の頬へ触れる。息を飲んだ気配がして、何故そこまで影山からの矢印がない前提でいるのかと。 「一方通行だったら俺来てませんよ」 「っそこは好きって言うとこじゃないの?!」 伝えたところ、目を見開いたのち間髪入れず抗議が爆発した。それもそうかと大人しく応じたら、今度はその場で崩れ落ちるようにしゃがみ込んだので首を傾げる。 まったくもってよく分からない人だ。 |