追いかけっこフィナーレ 1


「長い沈黙を破り――ついに復活、ってなんだかラスボスみたい、ちょっと違う気がする」

キーを叩く手を止め肘を突いた。画面に浮かぶのは編集中の写真の数々。キングとして君臨する頃から仲間と共に疾走する姿まで多種多様な場面は素晴らしいアルバムといえる。思わず液晶を指でなぞって微笑んだ。随分と変わったものだ、世界も彼も、自分も。
平和と未来を勝ち取った面々は自分の道を進んでいった。当たり前に集っていた風景が見れなくなるのは寂しかったけれど、晴れ晴れとした彼らを見送るのは悪くなかったと記憶している。すげなくあしらわれたのも彼の性格を思えば当然のことで、そんな人だからこそ再び輝く位置へとのぼりつめたのだと。
ジャック・アトラスは名実ともに元キングではなく現キングである。
帰還は本当に突然、むしろそれすら演出していたのかもしれない。エントリーする参加者の名簿を見て飛び上がるほど驚いた。よくよく考えてみれば業界への情報がシャットアウトの時点でおかしい、今大会のサプライズも兼ねていた可能性は充分にある。元キングが挑戦者だなんて何よりものイベントだからだ。
彼はそれに乗った上で限りない力を示してみせる。久しぶりに目にしたジャックのデュエルはまさに王者と呼ぶに相応しく、観客の熱狂がスタジアムを包む。シャッターを切る手に汗が滲んだ。
華々しく勝ち進んだ彼がトップを飾るのはもはや当然の流れ。かつてのスターは何倍もの光を放って帰ってきた。
これを特集せずしてなんとする。他ならぬジャック・アトラス。ようやく巡ってきた待望の題材にカーリーは顔を綻ばせる。
あってなきが如しの連絡先へお帰りなさいを伝えても返答はなく――一応は携帯端末を所持しているだけマシなのかもしれないが彼はメールの返信をほとんどしない――取材にかこつけて突撃した。着信なら応じてくれる可能性はあれど、折角会える距離ならば直接がいい。メールはご機嫌伺いのようなものだったし、どうせならデュエル後のほうが一石二鳥だ。持ち前のガッツで捕まえにいった自分をジャックは驚いた目で見つめたものの、すぐ仕方ないな、という顔をした。それがなんだか、とてつもなく嬉しかった。
特集を組むこともあっさり了承を貰い、完成したらチェックも含めて一番に見せると決めている。他の記者では表現できない彼の魅力をありったけぶつけるべく、まとめた資料と日夜睨めっこする日々だ。締め切りは近い、鮮度が命の大ニュースはあと見出しを残すのみ。うんうん唸ってなんとかひねり出す頃には気力を使い果たしていた。

「つか、れたあー」

机へ積まれた紙の束をのけて倒れ伏す。見回すつもりもないが部屋の惨状もなかなかのものだ。提出を終えたら待っているのは大掃除か。とりあえずは達成感とまどろみに包まれながら、うとうと睡魔へ身を任せる。ぼんやりと眠りに落ちる最中、ジャックとの出会いを思い起こす。
あれは確か病院で、いきなりデュエルに巻き込まれ、戸惑いながらカードを引いた。そのままあれよあれよと匿う羽目になり、スクープを取れると思いきや扱いにくさは天下一品で非常に苦労した。どうにか連れ出した遊園地、破天荒な彼が見せるまっすぐな一面を心から尊いと感じて――…
はた、と意識が戻る。眠気が一時的に飛んだ。だっておかしい、その後の記憶が曖昧なのだ。考えてみれば気づいた時には全てが解決していて、終わったことだからと誰もそこへ触れなかった。自分もさっぱり覚えておらず、知らないものは仕方ないで楽観的に済ませていた。それは同時に他の元ダークシグナーを守ることだとも思ったから。
だが、ジャックに関しての記憶がどこか途切れている。自分が彼を応援したいと願った理由、こんなにも心を傾ける決定的な何かが欠けていた。それでもジャックは特別だった、だから追いかけた。

「追い、かけ…た」
 
頭をよぎる、後ろ姿。もう関わるなと言い捨てた背中は振り返らない。

「まって、確か、たしか、」

認めたくなかった、諦めたくなかった。どんな細い糸でもいいから手繰る事で繋がりを求めた。無謀を知ったのは最後の最後。 
 
――その時には私たち、もっと分かり合うことが出来る。
 
頭に響く声が背筋を凍らせる。

「あ、ああ…」

落下する自分、過ぎていく景色、大きく映る彼女の広告。
絶望の瞬間が脳裏に浮かんだ。

いつまでそうしていたかは分からない、呆然としたが気絶することも眠ることもできず朝を迎える。疲労は身体を圧迫していたけれど、それよりも確かめなければ、思い出さなければならない。ふらふらと立ち上がり、目的地へ向かった。
アルカディアムーブメントがあったビルは建て直され、まったくの別物となっている。巨大広告は当然ながら変わっているし、事故の跡なんて勿論ない。それでも身体に震えが走る。叩きつけられた場所が近い。

「覚えて、る」
倉庫の並ぶ区画、人通りの少ないそこへ歩を進めた。頭がぐらぐらする、喉が渇いて掠れた声で自問する。

「私は、何をしたの?」

頭に流れる映像で叫びながら沈んでいくのは、己ではなく、別の。

「――ひっ……!」

引きつった音が漏れ、膝から崩れ落ちる。気付けば涙が頬を伝って止まらない。滲む視界を覆うこともできず、ただ地面を幾らか濡らした。
ポケットの端末が鳴り響く。どこか遠くに聞こえるそのメロディはなかなか止まず、緩慢な動きで耳へ当てた。

「ごめんなさい、寝ていたかしら」

優しげな声は記憶と同じ。

「ミス、ティ、さん」
「カーリー、あなた泣いてるの?」

瞬間、堰を切ったように泣きじゃくった。

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