方程式の解 2


別に不自由なつもりもないと反射的に思ったのが伝わったのか、モクバは軽く首を振り言葉を選んで続ける。

「なんて言ったらいいかな、誰ともすぐ仲良くなるし、頼りになる。友情に厚いし妹は大切にするし、とにかく、すっごくいい奴だとオレは思う」
「お、おう、サンキュ…」

並べ立てられる高評価に照れてどもる城之内。自分が言う分には気にならないけれど、人に言われると反応に困る。 それ以前に、己のまっすぐすぎる感情表現の威力を本人は全く理解していないのが現状だ。

「だけど、それが兄サマの気に食わない」

真剣な顔のままモクバは言った。城之内は意味も分からず反応もできない。

「一度、懐に入れればお前は優しい。ああそっか、で軽く許してくれたりもする。納得いかないことはちゃんと聞くだろうけど」

前提の前提を重ねた上で、少し迷ったように口篭り、目を逸らさずに告げる。

「だから、例えば兄サマが遠くに行った場合も普通に気にしなさそう」
「……失礼な奴だな、見送りくらい行くぜ?」
「そうじゃなくて…気持ちの問題の話をしてるんだよ」

僅かのタイムラグを置いて復活した城之内が緊迫感を打ち壊した。
あからさまに溜息をついてみせたものの、モクバは挫けない。扱う議題の困難さを分かってふっかけているのだから。 改めて椅子に座りなおし、静かな声で仕切り直す。

「城之内は自分をしっかり主張すると同時に他人を尊重するだろ?だから兄サマを縛らない。だからこそ城之内でだからこそ兄サマはお前に執着するんだ」

机に乗せた手をぎゅっと握り、噛み締めて言葉を紡いでいく。
合わせた視線が微かに揺れた。終わらせずに先へ進む。

「でも兄サマの執着ってのは相手にも求めるものが多い」

思い返す数々の出来事、取捨選択のハッキリしている兄は驚くほど簡単に壊し、手放し、見捨ててきた。
自分にとって本当に必要なもの、欲するものを本能で理解し追い求めることを是としている。

「遊戯にしたってそうだ、ずっとずっと目の敵にして闘いたがってた。 遊戯の中で自分がライバルとして一番じゃないと嫌なんだよ。兄サマが倒すと見定めた敵だから。 それこそ全身全霊をかけてこないと駄目だ」
「十分、思いっきり相手してなかったか?遊戯はいつでも全力投球だぜ」
「そこだよ」

ぴしゃりと指摘するモクバは容赦がない。

「そりゃあ兄サマだっていつでも全力だよ?でも兄サマが見ていたのは遊戯を倒した先にある未来で、遊戯が見てるのは全く違う場所だったじゃないか」

見守る立場にずっといたのは同じとはいえ、視点を変えれば見えるものは恐ろしく違う。 さらに、件の決闘に関しては城之内は最後の決着だけ目撃した1人である。なんだかんだ一部始終を満遍なく見ていたのはモクバだ。

「まあ、うん、そりゃあもう認識の違いっていうか…」
「仕方ないって思うよね、オレもそう思う。だけど感情なんて理屈じゃないだろ?」

反論も浮かばず語尾を濁すのに同意し、ゆるく頷く。繋いだ問いかけは確定要素。

「お前のことだってそうだ、自由な城之内が前提なのは分かってても縛りたい、 兄サマを一番に見るよう仕向けたいし、独占したい。そうできないこと自体がひっかかってたまらないんだ」

強い訴え、逸らされない瞳。これを伝える為だけにモクバは来たのだ、兄想いの世界記録があるなら勝手に認定してもいい。 そう思ったからこそ、そして分かっているからこそ言い終えるまで待っていた城之内はやがてゆっくりと口を開いた。

「けどよ、その理屈でいくとお前に言われて会いに行ったりしたら逆効果じゃね?」
「う……めちゃくちゃ理解してるじゃないか城之内…」

ターゲットはどこまでも手強く、しぶとい。
ここまでの長い説明はなんだったのか、激しい疲れがモクバを襲う。正直、城之内を甘く見ていた。 そりゃあ、流されるだけの人間ではないことくらい分かっていても相手はあの兄だ、誤解されない方が難しい複雑な 行動理念やら精神を否定せず正しく理解し受け止めていただなんて。その上で自分のペースも消して崩さない、なんて。
張っていた気がゆるんで、机に崩れ落ち恨めしく見上げる。

「でないとあんなの相手にしてらんねーって」

ぱたぱたと手を振る城之内は軽い、とことん軽い。なんだか腹も立ってくるのも仕方のないこと。

「あーもう!2人とも地味に複雑なのが悪いんだからな!なんでオレがこんなに心配してるんだよ!」

叩き付けた力がトレイを浮かす。中身のほとんど入ってないシェイクやコーラが倒れても被害はないが、
まさかの剣幕に年長者は戸惑った。

「えーと、悪ぃ……」

困った様子にモクバの表情が曇る。堰き止めていたものを取っ払い勝手にぶつけたのは承知の上であり、 それでも決行したのは自分自身なのだ。議題で悩ませるならまだしも、自分の癇癪で迷惑をかけたかったわけではない。

「そこはかとなく不機嫌になっていく兄サマを見るのは辛いんだ…お前に文句言うのも間違ってるんだけど、  不器用度合いで言ったら絶対こっちのほうが上だし…」

しょんぼり俯いてしまった相手を見て、城之内は罪悪感を覚えつつ同時に思う。
本気で心配してるのも分かるが実の弟にここまで言われていいのだろうか兄として。
威厳とか何か大事なものが歪んでいたりはしないのだろうか。 この兄弟はこれで成り立っているのでいいかもしれないが、少なくとも自分は妹へ必要以上の気苦労はかけるまいと心に誓った。
そしてまずは目の前の気苦労を取り除くことに意識を向ける。

「わかった、とにかく行ってくりゃいいんだな」
「え?!いまのいまで?!」

さすがにこの流れで話がまとまるとは思いもしなかったのだろう、落ち込んだり驚いたり忙しい兄想いに笑いかけ、 トレイを片手に立ち上がる妹想い。

「善は急げって言うだろ。それに今日行かないと週末まで時間取れないぜオレ」
「じゃ、じゃあ、よろしく…」
「オッケ、出来る限りあやしてみるわ」

相談から実行へのスピード解決?に依頼者は全然ついていけない。 何より無茶振りともいうべき内容であるのはさっきの結論で明白だ。 なのに軽く引き受け、返してくるのはグッドサイン。 後半の表現に物凄くひっかかるものはあるが、否定もできない複雑な気持ちがぐるぐるまわる。

「でもひとつ訂正な、モクバ」

いつの間にかモクバの分までトレイを片付け、ゴミ箱で立ち止まった城之内はくるり、振り返って。

「オレも人並みに心が狭い」

笑った。

喧騒が遠い。気づいた時にはいつもの城之内が、ほらいくぞと手を引いている。
SPの元まで送られたあと、ひらひら手を振って城之内は去って行った。
会社まで送れば良かったと流れる景色を見てようやく思い至る。

さっきの笑顔、あの表情は―――なんだろう。
たわいのない悪戯をする子供のように見えて、どこか違った。

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