襲撃 「貴様、どうしてくれる」 「は?」 バイトの帰り道、街灯が照らす道の真ん中で堂々と仁王立ちで待ち構えていた男は開口一番言ってのけた。 反射的に返した言葉が間抜けな響きとなったのも仕方がない、まず目の前の光景が意味不明すぎる。 向こうも仕事帰りなのかきっちり着込んだスーツにネクタイでおよそ高校生とは思えない風格でそこに居た。 言わずと知れた有名人、海馬コーポレーション社長であり打倒遊戯に燃えるデュエリスト、海馬瀬人。 「この責任をどう取るつもりかと聞いている」 無駄に威厳を滲ませた社長様は低い声で責めるように睨み付ける。 「いや、お前わけわかんねーし」 冷静なツッコミだった。というかそれ以外に言うこともなかった。 だが返答はお気に召さなかったらしく、ダン、と地面を踏みしめたかと思うと物凄い勢いで怒鳴り出す。 「凡骨風情がオレを惑わそうなどと笑止千万!この屈辱、晴らさずにいられようか」 「頼むから分かる言葉で話してくれ」 いきなり往来で憤慨しだした地球外生命体に応対する術が見当たらない、通訳を呼んでくれ通訳を。 夜でよかった、人が通りがからなくてよかった、そして逃げようと思えば逃げられる場所で本当によかった。 自分が喋った僅かの時間にそこまで思考を巡らせて、城之内は次の言葉に身構える。 屈辱とか言い出すということは何がしかあったのだろう、学校にさえあんまり来ない相手にキレられる行動をしたつもりは 全くないが、そこは同じクラスのよしみというか要するに海馬のことを気にする遊戯に付き合って関わったことがないともいえない。 心優しき頼もしい親友は「仲良く出来るならなりたいよね」と無邪気に言ってのけるし、 もう1人の気高きデュエリストである古代の王は「アイツはいい魂を持っている」とかなかなかに高評価だ。 別に自分とて嫌ってはいないが口の悪さと曲がった根性に反発してしまうのは致し方のないことで、とりあえず喧嘩した思い出しかない。 しかし重ねられた怒りの叫びは予想を突き抜けて耳に響いた。 「貴様が頭から離れぬなど拷問以外の何ものでもないわ!!」 空気を震わすほどのマジギレ、びりびりと感じる怒気は本気で恐ろしいものの理解を超えた発言に思考がついていかない。 「…えーと?」 なんとか口を開いた城之内を海馬は鼻で笑い見下した。 「ふん、日本語も理解できんか、この負け犬が」 「うっせ!お前の伝達能力ってやつが足りてねーんだよ」 「ほう、では馬鹿にも分かりやすく噛み砕いて言ってやろう」 お約束の蔑みに持ち前の反骨心で返したところ、先程よりも低い声音で凄まれる。 目が据わってる、これは目が据わっている、よく分からないが怒りのレベルが頂点に近いのだけは分かった。 「この海馬瀬人の心を奪ったのだ、それ相応の覚悟はできているのだろうな」 それは分かりたくなかった。 「ありえねーーーーーっ!!」 先程の海馬に匹敵する音量で城之内はあらん限りの声を上げた。 必死の形相で指を差しぶんぶん振り続ける様子に鼻を鳴らし、つかつかと距離を詰める海馬。 「目の前の事実を否定するのは感心せんぞ」 「させてくれよ」 即答しつつ、城之内はじりじりと後ずさる。 「つーか、お前落ち着け、お前ぜってー頭沸いてる」 歩み寄る海馬のスピードは早い、できるならダッシュで逃げ去りたいがそれをやっても確実に捕まりそうだ。 見つめてくる視線は相変わらず鋭く、逸らすこともできないのが今の城之内には拷問である。 「落ち着きがないのは貴様だ城之内」 「いやお前も相当きてるだろ、頭が」 焦ってうっかり本音を漏らしすぎ、しまったと思う間もなく、胸倉を掴まれ塀に強く押し付けられた。 「煩い、さっさと決めろ」 背中の痛みに一瞬呻き、睨み据えて口を開く。 「何を」 「責任の取り方だ」 淡々と告げられるそれは響きに反して恐ろしく重い。 至近距離で見下ろす瞳は暗く、渦巻いているものは激しすぎる感情の波。 正面に海馬、後ろは塀。リアルに生命の危機を感じるのは気のせいと思いたいが違う。 「城之内」 囁くように紡がれた自分の名前が限界だった。 「う、うわああああああああ!!」 昔取った杵柄、むしろ現在進行形。 見事、鳩尾へめり込んだ膝蹴りは相応の威力で海馬に襲い掛かった。 僅か声を上げ呻く相手を突き飛ばし、振り返りもせず一直線に城之内は走る。 「喧嘩の基本は相手の隙を突くことなんだよバーカ!」 意味不明の捨て台詞を吐き、全速力で逃げた。 これはやばい、本格的にやばい、本能が危険を告げまくっている。 オレ、殺されるかもしれない。 |