綴じ蓋


「やあ、曲者だよ」
「曲者ですね」

わざとらしく片手を上げてみせる挨拶に微笑み返すと布の舌の口が不満げに動いた。

「伊作くん、最近反応が薄くなったねえ」

おじさんつまんない、だとか嘯いてみせる白々しさに溜息を吐く気にもなれず、伊作は手元の薬草を籠へと放る。かさり、乾燥した音で積み重なるのを目の端に捉え、こちらの発言を待つ様子の相手にながら作業で口を開く。

「僕が何を言っても好きな時にいらっしゃるじゃありませんか」

それこそ小松田さんの入門票まで潜り抜けて。何がこの人を自分にここまで執着、否、面白がられているのかが分からない。正面切って問うたこともあったが、笑って曖昧に流されてしまった。

「まあそうだね、だって会いたいし」

ほらまた、そうやって。ごくごく自然な流れのように言ってのけるその台詞は少なくとも自称曲者としては如何なものか。保険委員はもう慣れてしまったけれど、他の――例えば文次郎あたりが気付けばそれこそ大騒ぎだ。もっとも、この油断ならない忍組頭がそんなヘマをする訳もなく、ややこしい誰かの気配を感じ取ればたちまち姿を消してしまう。残るのはぬるくなった自分のお茶のみ。

「ありがとうございます」
「つれないなあ…」

たいした間もなく紡がれた台詞は社交辞令以上のものはなく、それさえも楽しいのか口元が笑んで瞳が細まる。見詰め合うこと約二秒。最初に逸らしたのは伊作だった。

「今日は、」
「ん?」
「巻き直しますか?」視線を移したのは忍装束から覗く彼の包帯、いつもならとっくに巻いている頃だ。そういえば間がおかしい。ぱち、と瞬く片目をじっと見返し今度は逸らさなかった。

「あー、あんまり備品を貰うのも悪いかと思って」
「遠慮してたんですか」

思い出したように間延びした声が出るのについつい言葉を重ねてしまう。
――だって当たり前のような顔だったから。巻かれている貴方の態度は。

「嫌だな、私がたかってるみたいじゃないか」
「似たようなものだと思います」

これも即答。すると小さく笑い声、口元を押さえた彼がもう片方の手で懐から何かを取り出した。

「今日はね、はい」

ころん、と手のひらに落ちる白。くるくるまとまった細い布。そう、紛れもなく包帯だ。思わず凝視してみたものの、手の上のものが変わることはない。

「あ、ちゃんと巻ききれる分持ってきたからね」

さすがに一つなんてしないよ、そんな台詞が右から左へ抜けていく。なんだこれは、なんだろう、これは。お手玉の如く取り出しては積まれる包帯と彼を何度も何度も見比べた。

「よろしく」

追い討ちに殊更にっこり笑う相手に思考は限界を迎える。

「そんなに僕に巻いて欲しいんですか」
「巻いて欲しいから来たんだよ」

ぽかんと口を開けて出てきたのは突っ込みか疑問か分からなかったけれど、今度は即答で返されたからそのまま照れくさそうに笑う羽目になった。

「変な人だなあ」
「君ほどじゃないよ」

くしゃりと微笑めば伸ばされた手が緩やかに撫でて、至極失礼な睦言が降ってくる。


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