ある種の悟り あどけなく笑い、遠い昔と同じように自分に接する相手が嬉しくないといえば嘘になる。 むしろ憎からず思っているのは自明の理であり今更確認などしなくとも感情の方向は決まっていた。 驚くほどに平和で身分という隔たりもなく誰もが過ごせる今の世はかくも有り難い、有り難いが現代人の感覚を持ちつつも――過去というか前世というのかこの場合――違う記憶と習慣が身に染みてしまっている現状は如何したらよいものか。 常識では年下の学生を、旦那、と呼ぶのはおかしいと心から思い、染みついた心得がそれ以外の呼び名を拒否するのだ。 まあ、あと数年は誤魔化しは利くだろう。戯れに言葉遊びで呼び名を変えるのはそう珍しいものではない。だがしかし、それに甘えれば甘えるほどいつまでも主従の関係を引きずることになる。 そこまで考えて微かな違和感を覚えた。何か、何かがおかしい。 悩み込んでいる事柄が至極馬鹿馬鹿しいのは己が一番よく理解しており、だからこそ困ってもいる。けれどもそれでない、では何か。一体どこで思考の組み立てを間違ったのだろう――先刻までの考えを反芻して、佐助は大変なことに気がついた。続いて大きく頭を抱えた。 勢い余って机に額をぶつけかねないほど身悶えた佐助を見て目の前で菓子を頬張っていた悩みの元凶が慌てて声をかけてくる。表情を作って何でもないと手で制すると不思議そうな顔はするが大人しく伸ばした手を戻す。相変わらず素直、と見せかけて納得しなければ退いてなどくれない扱いにくい直情人間に笑みが零れた。 疑問から怪訝へと表情を移した相手に構うことなどできるはずもなく、佐助は片手で顔を覆って深々と溜息をつく。 近い未来どころかそれ以上まで心配するだなんて、入れ込んでいるどころの話ではない。 ▼台詞のない小説を書く |
心からの 「旦那さぁ、俺様が何でも出来ると思ってない?」 「違うのか」 そんな、さも不思議そうに聞かれても心の底から困る。 忍の技は大道芸人の芸ではないし、器用なのは職業柄当然といえば当然のこと。 ただ、その中に主の世話係みたいなものまで兼任しているのはさすがにおかしい、とは思う。 しかし長年の付き合いで日常になってしまったものを疎んじるくらいなら仕えてはいないし、文句を言いながらも満足しているのが現状だ。 とかく幸村の佐助への信頼は並々ならぬものでそれが心地良く、反面買い被りすぎだろう、なんて考えないこともない。 思わず口にしたその呟きは、幸村の、そうは思わなかったと言わんばかりの表情が素晴らしく肯定してくれた。 「あったり前でしょ!俺べつに神様とかじゃないんだからさ」 「それはわかっておる。だが、佐助に頼んで叶わなかったことはないぞ」 「そりゃ任務失敗しちゃ何の為に忍やってるか分かんないって」 「そうではない」 「え?」 自分にまで妄信されちゃたまらない、とその場から去りかけた佐助は思ったよりしっかりした主の否定に思わずくるりと振り返った。 「そうではなく、いつも佐助は最終的に俺の望みを叶えてくれる」 信頼と慈愛と感謝の篭った、それはそれは爽やかな笑顔で自信満々に言われてしまっては何も答えられる訳がない。 ▼キャラクターに原作中の台詞を言わせる |