心配せずとも効いている


再会は唐突だった。
新しい現場での顔合わせにて、互いと知らぬまま行きあった。
顔をあわせた光忠は驚愕に目を見開き、呼ぶように口を動かしたところで理性が遅く働いたらしい。

「は、せべくんていうんだあ、よろしく!」

あからさまに声の裏返った様子は怪しいなんてものではない。
首へ下げた関係者パスの記名はあれど、誤魔化すには程遠かった。
今まさに泳ごうとする視線を捕まえて、呆れたように名前を呼ぶ。

「光忠」
「長谷部くん!」

感極まった相手へ深々と溜息を吐いた。

***

「あからさますぎるだろう、俺が覚えていなかったら不審者だ」
「う、反省してます……」

改めて時間を取った第一声が説教になった時点で両者の力関係は決まった。
聞けば、幼少から傍にいる顔見知りも幾人かいるらしく、なおのこと醜態が目立つといえる。
本人へ言わせれば、ばったり会ったのは初めてだから仕方ない、だそうだ。
長谷部自身、頭がおかしいのではといいたい話ではあるが、二人は前世の記憶を持つ。
否、二人だけではなく、長谷部にも光忠にも分かち合う仲間がいる。
つまり、妄想というには共通認識が多すぎるのだ。
それが刀として長くを生き、さらには付喪神での顕現を為したなんて荒唐無稽な話であっても。

前世での二人の関係は良好だった。むしろ刀剣全体の仲が良かった。
なので、仕事帰りの食事が宅飲みになり、光忠が腕を振るう夜も自然の成り行きに相違ない。
互いだけでなく幾人かの宴会もあったし、同窓会の規模は増すばかりだ。
長谷部が光忠と過ごすことが多いのはタイミングもあるが、落ち着くというのもある。
戦場に内番に事務仕事、よく気のつく相手はとかく優秀だったからだ。
軽口も叩いたし、親しい間柄ともいえただろう。
だからこそ、出会い頭に思ったのである。仕方のない奴だ、と。

長谷部たちの居た本丸はごく堅実で、それでいて穏やかな場所であった。
年若い審神者はその責務に潰されることなく気丈に立ち回り、刀剣たちも尽力した。
長い戦いは終わりを告げ、人の形を与えられた意味も消える。
寂しい気持ちはあったけれど、笑顔の別れが最後の記憶だ。
ほんのりと懐かしむ温かさは酒の力も借りて心をほぐし、ぽつりと呟く。

「確かに、後腐れなく終わったな」
「うん、その言い回しは誤解を生むからやめようか」

穏やかな回想は光忠の素早い突っ込みによって現実へ引き戻された。
どこか困った表情なのが解せない。

「俺とお前しかいないだろう」

グラスを伝う水滴が指へ落ちる。笑みを形作っていた光忠の唇が開くと同時にガラス底が机を叩く。

「長谷部くんはさーーーーー!!知ってた!!!!」

鈍器で殴ったような音が響き、それを掻き消すほどの勢いで叫ぶ。
そうそう薄い壁ではないが、さすがに夜だ。声を落とせとジェスチャーするが光忠は空いた手で拳を作りながら俯いて震えている。
明らかに酔っ払いだ、そこまで酒に弱かっただろうか。静かにしろ、と台詞で窘められなかったあたり、長谷部も混乱していた。
酔うにしても陽気に、そしてふにゃりと寝落ちてしまう光忠しか見ていないだけに動揺は大きい。
そのうち視線を上げた相手が不満げに睨みつける。

「というかね、長谷部くんは基本的に無防備すぎ!昔から懐に入れたら優しいしさー!博多くんとか薬研くんにもー!!
他の短刀の子たちも君と遊ぶの楽しみにしてたし!僕はその後にお菓子を出すのが密かな楽しみでした!!」

説教のような出だしとは裏腹に、語られるのは日常のひととき。
大所帯の本丸は暇なときは本当に暇で、特に元気な短刀集団と遊ぶのは面倒見のいい刀が大半だった。
槍や大太刀、そして太刀の一部。古参の多い打刀は実務の長でもあったから、手の空く者は限られる。
長谷部も勿論忙しく動いていたものの、働きすぎだと強制休暇を食らうことは少なくなかった。
そこへ目をつけた短刀は誰だったか、追いかけっこという名のサバイバルゲームが始まったのだ。
潜伏や変わり身を駆使して逃げおおせたMVPには厨房担当から褒美の一品。
大概が光忠お手製の菓子であり、堀川もしくは歌仙あたりも微笑ましげに一枚噛んでいた。
楽しげに笑いながら、長谷部へも労いを差し出す記憶の相手を目の前と重ねる。
前髪に隠れていない瞳が揺れた。

「あの時は良かったんだよ、皆で楽しかった。役目が終わるのも理解してた、誰もが同じだからこんなこと思わなかった。
だけど今は違う、僕たちは人だ。営みの中で役割があって、人生に関わることが出来るのはほんの一握りで、
添い遂げるなんてそれこそ運命だとか奇跡の範疇だ。でも僕は嫌だ。君の隣に誰かなんて許せない。
それは僕がいい、僕じゃなきゃ嫌だ。君の傍でずっと過ごしたい。君が欲しい」

光忠の腕が床へ落ちる。酔っているのに机をどけるのではなく避けて這うのが相手らしいとぼんやり思う。

「ねえ、ねえ、」

さほどない距離を詰め、縋るように手が伸びてくる。震える指が二の腕あたりの服を掴んだ。

「長谷部くん、僕のこと好きになってよ」

泣きそうに表情が歪み、瞳は濡れて。懇願のていで紡がれる言葉。
息の掛かる位置で囁いた相手は、直後に長谷部の肩へ崩れ落ちた。

***

翌日、片付けを放棄して雑魚寝となった惨状で二人は目を覚ます。
正確には、先に起きたらしい光忠が青い顔で蹲っているのを寝ぼけ眼で確認した。
とりあえず昨日は突然の重みを受け止め、そっと頭を打たないよう床に寝かせた。
掛けてやった毛布は綺麗に畳んであるが、片付けられるほど回復はしていないらしい。

「ごめん長谷部くん、昨日のこと何も覚えてないんだけど……」
「そうか」

主に精神面で、と脳内で己の感想に注釈をつけながら返答するとその場で顔を覆う寝乱れた相手。

「ということにしてくれない……?」
「お前はそこを言ってしまうのが残念だな」

覚えていませんでした、で済ませればよいのにショックと混乱が凄まじいのか三角座りのまま動かない。

「気持ち悪いよね、ごめん、ごめん」

指の間から聞こえるくぐもった声は絶望の響きで、聞いている方が滅入るレベルだ。
覚醒の早い長谷部は起こした上半身で相手へ這いより、額へデコピンを食らわせた。

「いった!」

上手いこと入ったと自負する攻撃は顔を上げさせることに成功し、痛みと驚きで反応のできない光忠へ指を向ける。

「刀として何年生きたと思っている。衆道など今更だろう」
「それとこれとは別じゃない?!」

間髪入れず反論が飛ぶ。
寝起きの割にしっかりした声で喚くのがうるさい。

「嫌われたいのか」
「い、いやだ!」
「ほらみろ」

突き詰めれば、しゅん、と項垂れてしまう。
図体のでかい成人男性が情けないことだ。
座り直して体勢を整え、ぼさぼさの頭へ手を伸ばす。
いつもきっちりとセットされている髪は跳ね放題だ。無造作に触れて、数度てのひらを動かす。
いわゆる、撫でるという仕草である。

「は、せべ、くん……?」

触れた瞬間、ぴたりと固まった光忠はされるがまま、やがておそるおそる唇を動かした。

「いや、可愛いと思って」

途端、目の前の顔が一気に茹で上がった。
瞬きもせず、見詰め返す相手が搾り出すように問うてくる。

「長谷部くん、僕が君のこと好きだって分かってる?」
「可愛いで嬉しいのか」
「君なら何でも嬉しいよ!……嘘ですカッコいいほうが嬉しいです」
「正直め」

一瞬張り上げた声は必死だが、すぐさま言い訳が付け足される。
赤い顔を隠しきれず、また俯いてぼそぼそと呟いた。

「カッコ悪い……つらい……」
「昔とさほど変わらん」
「ひどい!」

もはや涙目になろうかという表情で見てくる相手を見つめる目を細め、おもむろに感想を述べる。

「かっこいい奴が可愛いからいいんじゃないのか」
「えっ、」

青天の霹靂、とばかりきょとんとする光忠が間抜けな反応。
ぱちぱちぱち、三度瞬いたのちに窺うように呟く。

「長谷部くん、上級者?」

無言でもう一度デコピンをお見舞いした。


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