one more timeは心から


まどろむ意識は疲労から。いつ寝たのかそれともここはどこなのか。
身体に当たる柔らかい布団は随分心地がいい。そのまま再度落ちそうな意識はうすぼんやりと開けた視界のおかげで覚醒した。

「!!!!!」

ありったけの強調記号が頭に浮かんで勢い良く身体を起こす、つもりが倦怠感でそれも叶わない。
だるさに連なって襲ってくるのは鈍い痛み。動いた瞬間、中からきた。

「いきなり動くな」

寒い、と付け加えられた言葉でひとつの布団におさまる現実を思い知る。
少し身体を持ち上げただけで空気が入り、確かに神峰も寒かった。
いやだがしかし、他にもう少し言うことがあるんじゃないだろうか、の気持ちも強い。
それより何より飛び上がりかけた一番の理由は目の前の、音羽の肩へ刻まれた複数の跡。
まごうことなく、歯型であった。

完全にぴしりと固まってしまった神峰に対し音羽は一度瞬き、視線を確認して思い出したように呟いてくれる。

「ああ。お前も頑固だな、と」
「すんませんすんませんすんません!!」
「これくらいなら制服で隠れる。それより」

言葉の終わらぬうちに謝罪を連呼。受け取る相手は意にも介さず流し、利き手を素早く伸ばしてきた。
中指がつい、と顎を掬う。瞳が細まって唇が動く。

「そんなに美味かったか」
「おっさんか!!」

申し訳なさが一気に霧散する。
この、神峰がテンパればテンパるほど機嫌が良くなる暴君は趣味が悪い。
返答に少しだけつまらなそうに表情を戻し、指が数本だけ頬を撫でる。

「気になるなら、次から大人しく声を出せ」
「断固拒否!」

突っ込みの延長で斬り捨てて我に返る。

「あ」

顔だけでは分かりづらいが拗ねた気配。むしろ見えて困る心象の元から良くないオーラがぐっと増した。
ストレートにびりびりくる感情と自尊心を秤にかける、までもなく即座に折れた。

「だ、って、」

拗らせたい訳じゃない、しかし思い切りも別の話。まだ触れる指から逃げるように肩を竦め、何とか搾り出す。

「恥ずい…ス」

静かな部屋に蚊の鳴くような声が落ちた。
死にたい気分で一杯の中、表情の止まっていた相手が口を開く。

「まあ、許してやろう」

瞬間、綻んだ視線と柔らかい音。改めて手のひらが頬を撫ぜる。

――なんかスゲー嬉しそう……。

されるがまま見つめてしばし、もう片方の腕が腰を捕らえて引き寄せた。
必然的に近くなる、顔。

「ならこれからは噛まないように声を抑える練習だな」
「嫌な予感しかしねえ!」
「オレはお前が可愛ければそれでいい」
「っっ!!」

言うだけ言って満足した暴君は、神峰を抱き込んで目を閉じた。


***


二度寝よろしく、午後一時。
親御さんのいない間にすみません、という気持ちに苛まれながらようやく起きる。
今更すぎるが、泊まり慣れてる自分もだいぶ毒されていた。
無意識に流した目線、脱ぎ捨てたと思わしきパジャマを羽織る相手を見て即座に後悔。

――地味に隠れねぇー!!

まだ前を留めていないのもあるにせよ、鎖骨のちょっと上あたりまで歯型があるせいで開襟タイプでは目の毒だ。
昨日の今日だからで済まされないフラッシュバックは相当辛い。
いっそ完全に意識を飛ばしたり記憶がなければいいのに、残念ながら鮮明に覚えているのだからダメージもかさむ。
どうにか視界から外そうとすればするほど気になってくる始末だ。
思わず頭に手をやり掻き毟ったところで、かち合う瞳。非常に気まずい。
神峰と違ってあまり寝癖のない髪が揺れ――羨ましくて若干腹立たしい――納得の態度。

「なんだ、やっぱり噛みたいのか」

常の声音でまさかの暴投。

「やっぱりってなんスかやっぱりって!」
「噛み跡をちらちら嬉しそうに見てる」
「うれっ、!?」

とんでも解釈に声も裏返る。
何故か調子に乗った先輩はわざとらしい疑問符を浮かべながら尚も言い募って。

「罪悪感?に見せかけて本当は」
「わーっ!わーっっ!!」

これ以上やばいことを言われる前に打ち消そう、そんな思いが取り繕う選択肢を見事に消滅させた。

「ちが、ちげえから!ただ、噛む時むしろ音羽先輩楽しそうってかすごいなんか笑うし
余計離してくんねぇしオレどうしたらいいか分かんなくなっ…――」

両手のひらをシーツへ叩き付け決死の反論アンド主張。
本心の述懐はぼろぼろと零れ落ち、失態に気づいた時既に遅し。
はっ、と口元を押さえるが勿論無意味。
相手の唇が弧を描くのを確認し、背筋が震えた。

「あ、あの今のなしで」
「却下」

肩が押され、起きたばかりのシーツへ沈む。
見下ろす光がぎらついて届き、肉食獣を思わせた。

「そんなにオレが好きか」
「こっちのセリフ……」

もはや疲れて諦めモード。釣られすぎだし、誘われすぎである。

「ふ、なかなか言う」

鼻先こすれる至近距離、吐息と共にただ宣言。

「決まってる」
「ずる、」

文句を待たず塞がれた場所は言わずもがな。
見つめ合ったままのキスの時間はおよそ一秒。
離れる体温、蕩けた視線が笑う。

「好きだ」

全身を駆け巡る、甘い痺れ。

「ずっ、りぃ……」

顔を隠したい手も捕らわれて、甲への口付けを受けるしかなかった。


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