謹んで必中 申し上げます


はしゃぎ疲れて、日が暮れて。
大所帯の花見であれば、相当の残骸あり。つまりはゴミだ。
部長の指揮の下、分別が開始され周辺の掃除が始まった。
転がるペットボトルを拾い歩き、両手に抱えたあたりで掛かる声。

「ほら一年、ゴミ袋もて」

透明ビニールに燃やさないゴミを集める暴君がそこに居た。

「あ、はいっ」

唐突に現れた音羽に驚くうち、広げてくれた口へばらばらと放り込めばそのまま袋を渡される。
彼は今しがた風で転がってきたコンビニ弁当の蓋を拾い上げ、更に中へ。
半分ほど詰まっている中身をなんとなく眺め、ぽつり呟く。

「これ絶対オレたち以外のゴミ入ってますよね」
「学校のイメージダウンよりマシだろ。きびきび働け」
「音羽先輩がイメージとか言った……」

文句ではなく感想としてのコメントだったが、返されたセリフに思わず語尾が掠れる。
こんな我が道をゆく人から、そんな言葉が出るなんて。
凝視する神峰へ軽く鼻を鳴らし、いつものトーンで話は続く。

「世間の目は厳しいぞ。くだらないことで出場辞退したいか」

ぶんぶんぶん、と勢い良く頭を振った。そういえば鳴苑は文武両道の名門校。
めんどくさいこのご時世での噂話ほど恐ろしいものはない。学校の風評被害は意外に根が深いのだ。
真剣に考え込みかけた途端、やはり表情変わらず相手は言う。

「まあそれは脅しとして」
「脅された?!まさか根拠なく?!」

狼狽する自分へのニヤニヤ顔。そこでようやくからかわれた事実に気付く。心の形が見えたって、悪気も何もなければ分かる訳なかった。頭をかきむしりたい衝動に駆られるがゴミ袋を持ってるのでそれも出来ない。
粛々と掃除を再開して少し、付け加えられた、ほんの僅かだけ柔らかな音声。

「片づけまでが行事だろう」

どこか楽しそうにも聞こえたそれが、胸に染みた。
皆で一緒に遊んだ時間を、皆で終える。
当たり前のそのプロセスは、神峰が辿ってこなかった温かいもの。そして音羽もやっと感じられたものかもしれない。
何か言いかけて、やはりやめた。上手く言葉に出来なかった。
閉じて開く唇に合わせ、思い出したように話題が振られる。

「そういえば、よく荒らしたな」
「射的スか」

どうもこの先輩は、やらかすことに関して食指が動く。言葉だけなら何のことか分からないけれど、悪いことを考えている時の表情すぎて即答になった。
第一、それなら相手のほうがよっぽど職人芸だったという感想が先に立つ。

「なかなかの特技じゃないか」
「いやー、でもあんま日常に活かせるもんでも」

型をくり抜く器用さならいざ知らず、露店の射的など本当にそこでしか使えない。
褒めてもらえるのは嬉しいが、眉尻を下げて曖昧に笑う。
瞬間、音羽の声が通る。

「十分、撃ち抜いてきただろう。心を」

世界中の音が消えたような錯覚。
まっすぐ見つめる彼の瞳に揶揄はなかった。
思考が停止する。

「…………はっっ、ず……!」

ようやくそれだけ搾り出せた神峰の頭に2リットルペットボトルの底が当たる。

「いた!地味に痛いス!」

無言でぐりぐり押し付ける相手の顔は無表情、怒っているのかと思ったがドラゴン及び赤ん坊の威圧感は特になし。
だってあまりにも、あまりにもその発言はどうかと思った。いっそ座布団でもあげればいいのか。
混乱したままの頭部をもういちど、今度は容器のラベル付近でぼふんと叩かれ、恨みがましげに視線をやる。

「お前は本当に頭が悪いな」

軽い溜息。あんたが電波だと物凄く言いたい。
役目を終えたペットボトルをゴミ袋へ投げ入れて、口を締めろと促す仕草。
ビニールを結んだのち、覗き込んでくる暴君の顔が近い。

「だから、こうやって花見が出来たんだ」

瞬く神峰から袋を奪い去り、歩き出す。
いつの間にか随分と皆から離れてしまっていた。
先を行く背中が振り返り、唇の端を上げる。

「さっさと戻るぞ」
「無理ってわかってて……」

口元を覆う手で隠せてなんかいない赤色はきっと耳まで。
今度こそ、音羽が愉しげに笑う。

「そうだな、じゃあその顔に見合うことをしてやろうか」


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