Allegro con brio


まだ少し肌寒い、春先の屋上。キャップを捻ったミネラルウォーターは残り半分。
サンドイッチの二つ目を齧りながら、音羽は隣へ視線を投げる。

――声を掛ければよく育つ。

そんな話題を投げてきた後輩は、忙しなくパンを口に運びながら話を続けた。

「百均でクラシック集とか買ってきて流してたことあるんスよ」

母親が、と加わる注釈。
どこの農家だったか忘れたが、そんなニュースを聞いたこともある。音楽を流すだけでなく、声を掛け、愛情を伝えれば応えてくれるのだと。
正直、話の内容よりも蒸しパンとソーセージドッグとメロンパンを順番に口に出来る本人の味覚だか食い合わせの方向性だかを問い詰めてやりたいが、空腹を宥めるには変えられまい。黙して留まり、手の中のサンドイッチを行儀よく食べ終えたあたりで最後の袋を開けた神峰が一息ついた。

「オレもマジかよ、とか思ってたんスけど、今はなんかわかるなーって」

零れた一言一言に万感の、そして遠くを見るような瞳。
音楽に救われ、導くことを目指す。それは素人が取るには途方もない転換であり、しかしギャンブルと言い切れない力が彼にはある。

「なるほど、愛してるぞ神峰」
「ぶほあっ」

ちょうどペットボトルを口につけたところだった神峰が噴き出した。
少量だから大したことはなさそうだが、咳き込む様子から必死さが窺える。

「汚いな。大丈夫か」

前者八割の気遣いはジト目によって受け止められた。

「なんでそうなったんスか」
「嘘は言ってないが」
「それは(見れば)わかります!」

言葉の妙な間に僅か首を傾げる。指揮の時――遡れば己の心を見抜いた瞬間も疑問に思ったが、この後輩には何かが見えているようだ。
それが具体的にどのようなものかは分からないし、聞いたところで自分の相手へ対する評価も変わらない。
音羽にとっては神峰翔太が得難い存在である一点のみが尊い。

「愛情を注ぐと育つというから」
「植物!植物の話!」
「人間と一緒だと言ったのはお前だ」
「この人メンドクセェーー!!」

噛み合う様でズレる会話、上がる音量は片方だけ。
ミルクティを振り回しかねない相手の腕を掴み、固定して勝手に蓋をする。
ぱちくり瞬く瞳を覗き込んで、笑った。

「オレを楽しませるために成長しろよ」

すぐ強くなる眼差しに満足して、額を当てる。



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