おひとついかが?


同じ寮になってから、ムラクと話す機会が格段に増えた。ロシウスのことを考えると喜んでばかりもいられないが、今まで何かと問題視されがちだった交流の障害がなくなるのはアラタにとって非常にありがたい。ジェノックの同志となった今、ハルキが受け入れた通り、彼らは仲間なのだ。
授業の合間、移動のタイミングがかち合ってムラクと並び、そのまま雑談になった。オーバーロードの疲労時にチョコレートを渡された話をすると、もっともらしく頷いて一言。

「糖分補給は重要だ」
脳が働くうんたらかんたらはあまり耳に入らなかったものの、取り出された小瓶に意識が向いた。

「なんだそれ」

促されるまま手のひらを差し出し、転がってくる感触の軽さに瞬く。小さなとげとげの塊は、見たことのある。

「金平糖」
「先日、ハロウィンがあっただろう」

ムラクの口から出た行事名に驚いた。知らないとか思っていた訳ではなく、参加していた事実にだ。

「カゲトあたりが率先してやっていた」
「マジで。ロシウス俺が思ってたよりノリいいな」

律儀に十分用意した余りとのことで、少し甘いものが必要な時に便利だからそのまま持ち歩いているらしい。お前のほうが必要だろう、と小瓶ごと渡されたその意味は純粋な好意か燃費が悪いと言われたのか悩むところだが、くれるというので素直に受け取った。
飴すなわち砂糖の塊、金平糖はまさにそのまま。飽きると思ったらそんなことはなく、アラタのポケットには小瓶が常備されていた。少しずつ減った中身は自分で補充して、何かの折に口にする。疲れたときに甘いもの、はてきめん効果のようで、一種のお守りのような感じだった。
この素朴で癖になる感じはなんだろう、ふと考えて手のひらを拳で叩く。
思いついたが吉日とばかり、アラタは駆け出した。


 *** 


「ムラク!」
 
呼び止められて振り返る。聞き覚えのある声はやはり瀬名アラタで、そこそこ距離がある場所から大きく手を振って走ってくるのを見守った。辿り着いた彼は手に何かを持っていて、挨拶もそこそこに自分へ突きつけた。

「この前のお礼!してなかったからさ!」

発言と物品から状況を整理、すぐに金平糖の件だと思い当たり、出された菓子に視線を落とす。

「これは…?」
「餅!っていうかグミみたいなもんだけど。昔よく食べたから懐かしくなってさー」

透明な入れ物は3×4マスで区切られており、ひとつひとつ四角い餅らしきものが入っている。しかしその色は青。

「餅とは青かっただろうか…」
「ああ、これソーダ味な」
「?!」

ムラクの思考が止まる。言われてみればこの青というより水色な配色はその炭酸飲料を思わせた。しかし問題はそこではない。反応が遅れる間にアラタが袋をごそごそ探る。

「コーラ味もあるぜ」
「そういうコンセプトなのか」
「さくらんぼとか青りんごもあるけど」

何故その無難な味を最初に持ってこなかった、と思うだけで留めた。好意にケチをつけるのは良くない。

「ほら、食ってみろって」

ぺり、と剥がされたケースの内側に爪楊枝が付属している。妙な感心を覚えながら右上の餅に突き刺した。どうやら思ったより硬い。持ち上げてそのまま口へ運ぶ。

「どうだ?」

租借する自分を興味心身に見つめるアラタ。もしかして反応が見たくて持ってきたんじゃないのかと今更ながら思う。噛みごたえは確かにグミ寄りだった、分かりやすいソーダ味を静かに飲み込む。

「悪くない」

後を引きすぎず、もう一つ欲しくなる。なるほど、駄菓子としてよく出来ていた。爪楊枝を続けて刺すムラクを見て、アラタが嬉しそうに笑う。

「だろー?」

つられて口元を綻ばせた。


用事があるらしいアラタと別れて、コーラ味その他を土産に寮へと戻る。部屋へ荷物を置いて談話室に顔を出すと、カゲトが本を読んでいた。

「あ、ムラクさん」

傍らの飲み物を取るタイミングで視線を上げたので、気にするなとジェスチャーを向けた。
水分を欲していた相手はひとまずごくごくと飲み、喉を潤して話に入った。ふと、缶の文字が目に飛び込む。

「炭酸か」
「ああ、たまに飲みたくなるっス。なんかスカッとして気持ちよくて」

ぱちぱち弾ける音が微かに聞こえる。英文字で印字された商品名に、無意識で目を細めた。

「そうだな、たまにはいいものだ」

鮮やかな水色の缶から、水滴が落ちる。


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