転げて、落ちる


所用で三成の部屋を訪れたところ、乱髪兜のまま座り込んで書面を見つめる姿があった。
よほど急ぎだったのか、それとも少しのつもりが読み始めたら熱中してしまったのか。
後者だと当たりをつけて近寄るが、顔を上げる様子はない。
なんとはなしに、利き手で乱髪兜へ触れてみた。
柔らかいだけかと思えば、思いのほかしっかりしている。そこそこの重さではないだろうか。
籠手のままでは引っ掛けかねないのでゆるゆると慎重に動かす指を呼び名が止めた。

「吉継」

横顔の視線が、ちらりと己へ向く。

「何をしている」

不機嫌ではないけれど、怪訝な声音。
当然の態度だが、臆せず答える。

「労いをこめて」
「嘘をつけ。触りたかっただけだろう」
「ばれたか」

容赦のない切り捨てに取り繕わず即答、次いで呆れた溜息が漏れた。
頭へ置いていた手で乱髪兜を掴み、持ち上げる。

「おい」

今度こそ不機嫌そうな声の三成に構わず畳へ下ろし、籠手も外す。
隠れていた本来の髪は整っているとはいい難く、少々不恰好だ。
じい、と覗き込み、跳ねた部分を髪を撫で付けるよう指でなぞる。
固まってしまった相手をいいことに、掌でぺたりと広範囲に触れて撫でてやった。
数回往復したあたりで三成の口がゆっくりと開く。

「……違う」
「堪能しておいて」
「違う!」

言葉を遮る勢いに手を離し、その指で己の口元を覆う部位を引っ掛ける。
睨む眼差しが瞠られて、瞳の合わさったまま晒した唇を寄せた。
僅かな音が殊更生々しく聞こえ、びくりと震える三成へ薄く口の端を緩める。
衣服をつまんだ指が外れると同時、前のめりに凭れ込む相手を受け止めた。
胸へ埋めた顔、くぐもった声が恨めしく落ちる。

「…………そういう流れか」
「伝わって何よりだ」

分かりやすい照れ方に頷きながら、ぽんと頭へ手を乗せた。
喉の奥で詰まったような音は文句と羞恥を秤にかけた呻きだろう。
すぐには顔も上げられまい、そう考えて再度撫でるつもりの手が空を切る。
凭れていた三成が両肩を掴み、勢いよく体重を掛けてきたのだ。
その予想はしていなかった為、支えきれず後ろへ傾ぐ。
畳を背にし見上げた先、しかめっ面の三成が唇を引き結ぶ。
表情だけなら怒り心頭といったところだが、目元のあたりが赤いので恐ろしさは欠片もない。
倒れた際に烏帽子は転がっており、互いに被るもののない状態でしばし見つめ合う。

「三成、意趣返しのつもりが困っているだろう」
「うるさいのだよ!」

図星を突かれた文句は大きく響いた。
ちょうど聞こえた烏の鳴き声が一層間抜けな空気を作ったが吉継は笑わずに留めた。
片腕を伸ばし、頬へ掌を当てる。三成の眉がぎゅっと寄せられ、擦りつく瞬間だけ瞼を閉じた。
素手で感じる体温に瞳を細めながら、相手の名を呼ぶ。

「三成」

開いた瞼から覗く色、意志の強いそれは今は吉継だけを求めていて、心地良い。
そっと顔を寄せる仕草で下りてくるのを待ちながら、言葉を続ける。

「ふと思ったが」
「何だ」
「やはり声は出した方がいいか」

三成の動きが止まった。本日二度目の硬直だけあって復活は早く、耐えるように僅か震えながら低く言い募る。

「何処でどんな話をしたか聞くつもりも知りたくもないがお前の仕入れたその知識は手本ではない、手本ではない、手本ではない」
「三回言わずとも」

念押しの語調に思わず反応すると、説教の調子で眉がつり上がる。

「だいたいやはりとはなんだ!俺がお前に反応への文句など言ったことがあるか。興奮するのはお前が相手だからに決まっているだろう、馬鹿馬鹿しい」
「そうか」

流れるような告白に相槌。途端、我に返り気まずげな様子で視線を逸らした。
自然と笑いが零れる。

「それは、嬉しいな」

だんまりを決め込んだ三成はまだ顔を背けたままだ。
体勢が体勢であるのに、なんと滑稽なことか。しかし、だからこそこの男に惹かれてやまない。

「お前は本当に面白い、そして可愛い」
「かっ、」
「三成」

聞き捨てならぬとばかり向いた視線を絡めとり、催促の意。

「触れてはくれないのか」

息を飲む気配、まだ逡巡の残る三成は往生際が悪い。

「この流れで、」
「この流れだからこそ、だ。誘いを無下にされると寂しいぞ」

いよいよ楽しくなってきた吉継の雰囲気を感じ、ますます相手がへそを曲げた。

「どこからだ」
「もちろん、最初からだな」

はあ?!と声を荒げた唇を引き寄せて塞ぎ、観念して深くなる口吸いに興じる。


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