螺旋
素直じゃないからなのか、はたまた素直すぎるからこうなるのか。 感情のまま、思いのまま口から紡ぎだされる言葉たちは苦笑や不興を買うばかり。 改めようと考えたことは残念ながらなかったもので、いざ少し考えてみた時には既に遅し、 修正などできるはずもない性根が確定しているこの年齢。 素直という言葉を使うのもそこはかとなく苦々しい。 いい大人に使う語句でもないだろうに。 正直と言い換えておこう。そうしたからといって解決するものはないのだけれど。 損得など考えたこともない。 対人関係で得るものを、私は望んではいなかった。 そして現在、不本意ながらコミュニケーションを取るに至った子供を相手にどうしたらいいか分からない。 素直、その単語の示す通りに笑い、怒り、そして悲しむ、慈しむ。 真正面から何度も感謝され、受け流しつつも驚き、思考がざわめいた。 純粋なものに私は慣れていない。 敵の思惑の先を読み、底を知り、策を練る。 疑ってかかることを基本としてきた人生に、透明な存在は限りなく異分子。 何を思い、何を感じ、どう伝えようか、思い悩むことこそが想定外。 それなのに彼は笑顔を向ける、計算のないそれを私へと。いつだって。 こんなことがもどかしい、酷く酷くもどかしい。 無意識に吐いた溜息は重く、手元に落とした視線は字面も追えずに止まったまま。 ならば意味のないこの時間をやめて大人しく寝てしまうべきか。 眠れるとは到底思えないが飲む気分でもないのだから仕方がない。 結論付けて本を閉じ、また息をついたその時。 「やっと諦めたか」 聞こえた声に耳を疑う。 ゆっくり首を巡らせてみれば、寝付いたはずの子供が寝台に腰掛け、己の膝に片肘をたて頬杖をついていた。 「あのな、お前考えすぎ」 睨むよりは呆れに近い視線を寄こし、溜息と共に吐き出される。 情けないことに瞬きも忘れ、しばしその場で動けずにいた。 唯一出せたのは尋ねるような呼びかけひとつ。 「……ルーク?」 「他に誰がいるんだよ」 俺とお前の2人部屋だろうが。 続く音に、そうですねと答える以外に何があるだろう。 「いまさっき言ってたこと聞いてたか?」 再度、呆れたような声が届く。 「はい」 「はいじゃねぇよ。考えすぎ!お前考えすぎなの!」 ばん!と寝台を叩く音。 そんなに強いものではなかったが、静かな部屋には十分響く。 ようやくそこで、目を瞬くことができた。 「どーせまた無駄な思考の海に沈んでたんだろ。さっさと帰って来いよ、ったく」 ぶちぶち零す彼にますます困惑、動けない。 するとルークの眉間には更に皺が寄り、その場で足を組み言い募った。 「来い」 「はい?」 「こっち来い、いますぐ。お前から来い、でないと口聞かねぇ」 「ルーク、もう少し脈絡を――」 「来い」 完全に目が据わっている。 「ジェイドは馬鹿だ」 低く淡々と、しかし感情の抑えきれない声で、それは段々と静かに激しさをもって流れ出る。 「ジェイドは馬鹿だ。頭いい癖にこういう時ばっか自信がなくて、俺にばっか言わせて。 疲れてるのが自分だけとか思ってるのか?俺だって疲れてるよ、疲れるに決まってる! お前は何も言わないんだ、困ってるとか怒ってるとかそれさえ言わないんだ、勝手に一人で考え込む。 俺はなんだよ?お前のなんだよ?原因ならこっちにこいってんだ!」 叩きつける間に目線は険しくなって完全にこちらを睨みつけ、刺した。 「関係ないとか言ったらぶちのめす」 本が落ちる音、しただろうか。 気付けば彼へと急ぎ足で、少しの距離がごく遠い。 「馬鹿野郎」 あと数歩。 「ばかやろう」 もう手を伸ばせば、 「ばかジェイドッ」 「ルーク」 温かい、すべてが。 「好きだっつったのなんだと思ってんだよ…!」 搾り出すように叫ばれた台詞は気恥ずかしさやらで顔を押し付けたせいでくぐもっていたけれど、 腕を掴む力は嘘ではなく、私を必要としているのが伝わった。 またこうして子供にきっかけを作らせて、それに乗ることでしか動けないとは頭の痛い。 だがそこで気が緩んだのか言わずにいたことを漏らしてしまう。 「貴方が大切すぎてどうしたらいいか分からない」 失言。思ったものの訂正も出来ずまたも溜息、をつくしかなかった。 「だ、から…そーゆーの言ってりゃいいんだよっ!あほか!」 最後の部分だけ瞳を合わせ告げたルークは思い切り睨みつけた後、笑う。 「話すのも嫌なのかと思っただろ、ばか」 困ったように笑い返して、もう一度強く抱きしめた。 成る程。そういうものなのか。 |