桜吹雪


「ジェイド、桜吹雪って見たことあるか」

突然の問いにジェイドは言葉を反芻した。

「桜吹雪…ですか。何故また急に」
「うん、昔ガイに聞いたことあるんだけどさ」

話によれば、桜の花びら舞い散る風景の美しさをしみじみ語られ、幼心に憧れとして根付いていたとか。

「今の今までじつは忘れてたんだけど、なんか思い出して」

聞いてみたくなった、そう語る彼を見て、ふむり何やら思案したのか、 問われた当人は手元にある書類を持ち上げ、びりびりと破り始めた。

「ジェイド?!」
「大丈夫です、書き損じですよ」
「いやそうじゃなくて何してんだよ!」

とっさのことに慌てればいいのかも分からないルークを置いて、 書類を次々と粉々にし、両手に溢れるほど抱え立ち上がった。

「ルーク、窓を開けてください」

反論を受け付ける気のない涼やかな物言いに少し迷う。
が、けっきょく首を傾げつつ窓際へと進み、がらり、外の空気を招き入れる。

「あとでちゃんと掃除してくださいね」
「あ?」

折りよく吹き込んできた風に乗せてジェイドが抱えたものを放した。
飛び散るのは書類の残骸。
一瞬、視界が白く染まった。
部屋中に、縦に横に不規則に風に遊ばれて舞い散る白いかけら。
いくつかは光に反射してきらめいて、床に落ちたと思えばまた、風に乗る。
時間にしてみれば、とても短い間だったのかもしれない。 しかし、ふわりと舞い遊ぶ紙は、花びらに見え、ルークの意識を支配し、 ただただ、その光景に見とれていた。
風が収まる少し前、ジェイドを見ると、白い花吹雪の中で彼は微笑んでいた、錯覚じゃなければ。 とても、やさしく。

「疑似体験はこんな感じです」

ジェイドの声で意識を戻し、数回まばたきを繰り返したルークは息を吐き、

「すっげぇ……」

微かに呟いて。

「すっげぇ!めちゃくちゃ綺麗だな!ジェイド!!」

拳を握りしめはしゃいだ笑顔で叫んだ。
あまりにも無邪気なその様子にジェイドは笑う。

「ま、機会があれば本物を見るといいでしょう」
「うん、でも俺いまので結構満足」
「安いですねぇ、ただの紙ですよ」
「でも、綺麗だった」
「そこまで気に入って頂けて光栄です。それでは――」

案内するように右手をくるり。

「片づけを始めましょうか」

見回すと、部屋の至る所に散らばる先程の、紙、紙、紙。
うげ、と口にしたルークに軽やかにジェイドは微笑んで……

「なかなかの突風でしたからね」

悪びれもなく、のたまった。
しぶしぶと掃除を開始しようとすれば腕が伸びてきて、髪に触れた。

「まずは自分のを取ってからになさい。動いたら落ちてさらに散らかりますよ」

見ると腕に肩に服に、白いかけらがはりついている。
だがそれは言ってきた相手も同じことで。

「お前も結構すごいぞ」
「なかなか大量に抱えてましたし」

ぱらぱらとはたいてその場に落とし、かき集めるようにまとめる。
ゆびに纏わりつく紙を見て、ふとあることに思い至った。

「なあ、本物の桜もやっぱこんな風にくっつくのか?」
「そうですね。花びらは水分も含んでますし、つくでしょうね」
「じゃあ俺が桜を見るときはジェイドも一緒じゃないとな」
「何故です」
「俺一人じゃ花びら払いきれるか分からないだろ。お前のはちゃんと取ってやるから、俺のを取ってくれよ。花びら」

名案、とでもいうように笑ったルークを見て数秒のち、ジェイドは声を上げて笑った。
天井にはりついた紙の欠片がはらり、床に落ちる。
ルークにはそれがほんのわずか色づいて見えたような気が、した。


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