硝子の鳥
何やらじ、と一方向を見つめている子供が目に留まる。 つられて視線を追ってみれば、見えてくるのはあるひとつの屋台。 流れるように落ちるものを受け、あるいは巻きつけ、切込みをいれ、次々生み出される透き通ったそれ。 「飴細工、ですか」 「飴……?あれ、飴なのか!」 ルークは視線は向こうに留めたまま、酷く無邪気に驚いてみせた。 「ええ、砂糖を溶かして固めたのが飴だということは知ってるでしょう?形を任意に整えて、あるいは要望に答えてあのようにして売ることもあるんです」 「なんかひっかかる説明の仕方するなお前…」 「おや失礼。ちょっとした確認のつもりだったんですが」 僅か眉を上げ、不服の意を示した子供はしかし、更に繰り広げられる細工の手際にあっさり意識をそちらに戻す。 自在に引き伸ばされ、繊細にあるいは大胆に形を変える飴は見ていて飽きないものなのだろう。 情緒がない、面白味がないと日頃から評される死霊使いはどこか他人事のようにその光景を眺めていた。 「すげぇな、なんか芸術みたいだ」 心から感心し、笑みを零す相手にこそ微笑が零れた。 日々、それなりに起こる事象に興味は沸かないが、その子供に関してだけは意外と反応してしまうその事実。 気付いてしまえば今度は苦笑を禁じえないとはいえ、ジェイドは不思議と受け入れていた。 「高名なシェフは催しの時に巨大な飴細工でオブジェを作ったりもするそうですよ。 結婚式や祝賀会など――縁起の良い、見目麗しいもの、例えば……」 幸せの青い鳥。 ひとつ、挙げてみせると細工に見入っていたルークがジェイドを見上げ、口を開く。 「それ聞いたことある」 「幸福の代名詞としては有名ですね、青は自然界にも少ない色ですから尚のこと」 「捕まえたら幸せに…ってやつな」 「御伽噺は時に残酷ですけどね」 疑問符を浮かべて首を傾げる様子にジェイドはなんてことはないように言葉を続ける。 「童話では確か最後に青い鳥は逃げてしまいます。本当の幸せに気付く為、青い鳥は飛び去っていく。 散々旅をして探し回った後に残されたのは日常。それが幸せなのだから享受せよ、ということでしょうか」 常日頃の真面目な顔でつらつらと並べられた内容は難癖でしかなく、 聞いているルークは話が進むにつれ呆れの表情を濃くしていった。 「お前捻くれすぎだろ、それ」 「ネフリーにも言われました」 肩を竦めやり笑ったジェイドの視線が一度、飴細工の屋台へと。 ぽつり、続けられた言葉こそ、男の本音に相違ない。 「たとえそれが最初から幸福だったとしても、得たと思った青い鳥を結局は失うのですから。 更にはその青い鳥、当初から一緒にいた鳥だったのでしょう?やはり損をしていると考えてしまいました」 「童話くらい素直に受け取れよ、陰険眼鏡」 すぐさま飛んできた批評か呼びかけか分からぬそれは呆れでもなく非難でもなく 何かを飲み込むような響きだったが、問いかける隙すら与えられずルークは駆け出した。 半ば呆然とその背を見送ったジェイドは己の言葉を思い返し、 童話にけちをつけると同時、それに込めたある本音を見抜かれた過失を遅まきながら悔やむ。 失う青い鳥とは何のことか。 自嘲の笑みさえ浮かべられず、変わらぬ表情で走り去った先を見遣る。 するとあの赤毛の子供は、飴細工の屋台にいた。 ジェイドが思考をかき回していたその間に注文を済ませたのか、数度会話を交わし商品を受け取る。 代金を払うのも急ぐように済ませ、くるりと元の位置へ、ジェイドへ一直線に戻ってきた。 「ほら、」 差し出されたものは 「持ちたきゃ持っとけ」 美しく繊細な青い鳥。 「……」 先程とは別の理由で表情が止まり、反応を示すことができない。 子供のやることはいつも発作的で理論は特になく、常識に基づいて動くジェイドには未知の世界なのだ。 「あのな、屁理屈には屁理屈で対抗してやるけど」 差し出したまま言葉を紡ぐ。 「願いを作り出すのも幸せを感じるのも、それを理解するのも結局は本人だろ? 俺は大層なことなんかできない、でもこれくらいならやれる。お前に馬鹿だろって言える」 自分でも分かっているのかいないのか、だが淀みなく言い切った。 「お前だって既に持ってるんだ」 ぐい、と手に押し付けられ持たされる。 しばし、鳥を見つめたジェイドは、く、と笑いを零し空いた手で口元を押さえ小刻みに震えだした。 「ありがとう、ございます……っく、…」 「笑うな!!」 「わざわざ頼んで作ってくるのが貴方らしいと言いますか――…ふふ、」 俺はこれでも真剣にだな、ぶちぶちと重ねるルークが微笑ましくて、更に笑いは止まらない。 「綺麗ですけど、食べ物に青は少々どぎついですねぇ」 笑いもおさまらず、眺めて発した感想がやっぱり子供の機嫌を損ねて。 「いらねぇんならお前が返して来い、俺は食べないからなっ」 「とんでもない、ありがたく賞味させて頂きます」 包装された飴に口付け、ルークを見つめにっこり微笑む。 「幸せを食べて自分のものにしろということですよね?」 「どんな曲解だ……」 その日最高の呆れた声も、相手に通じなければ意味がない。 「ジェイドに真剣に対応したら疲れるからもうしない」 「私はいつだって真面目ですよ、ですからルーク」 内緒話をするように、低く優しく囁きかけた。 「私から飛び去らずにいてくれますか」 |