戦場にて


見渡す限りの惨憺たる光景。
独特のすえた匂いが鼻につく、息をするのも辛い空間。
そう、ここは戦場。

「ぼんやりしてないで働いてくださいよ?」

ぽんと肩を叩かれ手渡される、雑巾。 目の前に広がるのは無残な『元・食材』たち、むしろ『料理に成り損ねたもの』
被害は床どころか天井にまで及び、そう広くもない調理場が地獄絵図と化している。
言いすぎだというなら、これ以上に汚してみてほしい。 きっかけがナタリア、加担したのが俺、なのか。 いつものように料理して、いつものように終わるはずだった。 しかし今日は何を間違ったか何が間違ったか、ひとつ間違えばそれが更に間違いを呼び、 連鎖が更に連鎖を引き起こしてあれよあれよと現在の状況を作り上げてしまった。

「よくここまでの惨状にできましたねぇ」
「…俺もそう思う」
「張本人がいいますか」
「やりたくてやったんじゃねっつの」
「当然でしょう。故意だったらさすがにどうかと思いますよ」

口は回るが手も動く。 てきぱき汚れを処理していく男は平行して俺への切り返しも忘れない。
黙々と作業しているかと思えばふいに交わされる会話はなんとも不毛だ、俺にとって。
ちなみにもう一人の当事者はというと、消耗した食品の買出しに行っている。
片付けは責任だと本人は言って聞かなかったのだが、また2人だけに任せて何かあってはどうなんだ、という
ほぼ暗黙の了解によってジェイドがここに居残り、ガイがナタリアを伴って外に出た。
『使ったものをちゃんと補充するのも責任だ』とかなんとか説得してるのを聞いた気がする。
おぼろげなのはその時の俺がなんとも居た堪れない気持ちだったからだ。

また呆れと嫌味とからかいと散々こいつに浴びせられるのだろう。
自業自得ではあるし、ジェイドの言葉の雨は今に始まったことじゃない。
しかし失敗するたび、何かやらかすたび、聞こえる溜息は気分の良いものじゃない訳で。
自分が悪いと思いつつも、反抗心が沸くのも事実な訳で。
それと共に、なんでそんなとこばっかり見られてるんだという遣る瀬無い感情も生まれてくる。
俺の人生は呆れられるのが基本なのか?
そして予想通りどうしようもない現状にそれこそ俺が溜息をつきたい。
次第に返答も少なくなり、本当の沈黙が支配しだす頃、ようやく全ての掃除を終えた。
使った雑巾やらモップやらを洗浄し、集めたところで安堵と疲れとその他諸々が込められた息が大きく漏れる。

「お疲れ様でした」
「あ、うん。ごめん」
「何です、覇気がないですね。そんなに疲れましたか」
「つき合わせて、悪かった」
「ルーク、会話が噛み合っていません」

答える声は心なしか小さくなって、いや本当に小さいかもしれない、つか小さいよな。
とにかくぼそぼそと喋る俺にジェイドが視線で促した。

「や、だってほらその、呆れてんだろ」

もごもごと伝える俺の言葉にジェイドはきょとんとした表情になり、呟くように答えた。

「それはまあ、それなりに」

それなりって何だよ。

「しかしそれだけです」

表情をすぐ戻していつもの笑いを湛えるときっぱり言う。

「よくもまぁ毎回毎回やらかしてくれる、と感心しているくらいですから。ここまでくると才能ですよ」

続いて大げさな身振りと共に嫌味を忘れない。悪かったな。
言いたいが堪えて睨むに留まった。ここで乗ったら負けの気がする、なんとなく。

「加えて、」

笑顔のまま、軽やかに悪戯っぽく指を振る仕草。

「貴方を見ているのは退屈しませんしね」
「嫌味か」

つい憮然と言い返す。しまったこういう反応をするからまた付け上がるんだこいつがもう。
後悔した直後、向けられる笑みが意地悪く、そして綺麗に深まった。

「好意に値する、ということです」
「へ?」

首を傾げる反応さえままならないうち、食えない微笑を浮かべた男はくるりと踵を返し戸口へと。
ぱたん、扉の閉まる音。残されたバケツをちらり見る。
置いていきやがった、あのやろ最後は自分でやれってか、やるつもりだし分かってるけどなんかむかつくな。
ってそうじゃなくてなんだ、さっきのなんだあれ頭が働かねぇ。
そういうことにしとく。
俺はわけがわからなかったんだ。そういうことにしとく。


戻る