因縁
「お前のその髪、鬱陶しい」 ふいにもたらされたその発言に、ジェイド・カーティスはが瞬いた。 ルークが部屋に訪れて僅か半時、咎めもせず好きにさせていたところ何やら様子がおかしい。訝しみながらも口にはせずに留まっていたのだが、いよいよ不自然さも顕著になってきたと思えばよく分からない文句が飛び足した。 まさに言いがかりをつける、と表現して差しさわりのない状況が出来上がったわけである。 「だーから、お前がこう、近づいたりすると俺にかかるんだよ、痒いしうぜぇ」 説明するのももどかしそうに、言葉を繋ぐ相手を観察。 一呼吸置いてさらりと答えを返す。 「じゃあ切りましょうか?」 「却下」 ではどうしろと?鮮やかなまでの即答に表情だけで問いかけてみれば、目の前に拳が差し出された。 ずいっと近づいてきた手に握られているものは、髪紐。 「まとめようと思ったりしないのかよ」 「私自身はあまり邪魔とも思わないのでねぇ」 「ものぐさなだけだろ」 ルークは不機嫌に呟いて、するりと出を伸ばし髪を両手で掬い上げた。またもや瞬くのは意外であるとの感情を込めて。 「おや、結んでくださるんですか」 「悪いか」 「いえ、前から結ぶとは器用だなあ、と」 言われて、う、と言葉に詰まる。そこで離して後ろに回ればいいものを、無意味な反抗心と意地でもって通した子供は梳いた髪をまとめて前に持ってきた。 「これでいいだろ!」 いちいちうっせーな!などと悪態をつきながらぐるぐる髪紐を巻きつける。手つきは当然ながら、よくはない。状況についていけずほとんど傍観していた本人は目の前で繰り広げられる不器用な子供の戦いにどう反応したものか、と視線を動かす。己の髪に浮かぶ色彩に目を留めた。 「おや、いい色ですね」 ごく自然に口をついて出た。深く澄んだ色合いの、それは翡翠に近い色合いで。 「どうせつけるなら似合う方がいいかと思って選んだんだから当たり前……って何言わせんだこら!!」 巻く事に入れ込んでいるルークはおざなりに、ああそれなら、という口調ですらすら答え、言い切った後に一瞬止まった、そして吠えた。が、それこそ無駄なことでたちまち笑顔を浮かべてみせることになる。 「それはそれは、お手数かけまして」 「あーもう、うっせーなっ」 くすくす笑う、ぐるぐる巻く。奇妙な光景は長かったのか短かったのか、最後にきゅっと結んで終えたルークは満足そうに手を離す。 「できたっ、これでだいぶマシだな」 「随分個性的な巻き方で」 マシ、とは髪の毛がまとまっていてうざくない、などの意味合いなのだろう。髪の毛を挟んだりしていないだけ良かった、というレベルの出来映えのそれ。まじまじと見つめたジェイドの感想は間違っていない。 「嫌なら解け」 不機嫌さを呼び戻した子供に心中で困ったものだと、少しだけ。 「ルークの心遣いを無にするわけないでしょう?」 「その態度が既にしてないか?」 相も変わらずの水掛け論、続ける必要は今はない。考えてすぐ、思うがままの行動に出る。 「なにはともかく、折角貴方の鬱陶しさも改善されたことですし」 流れるように顔寄せ、肩に手を置いて。 「仲良くしましょうか」 囁きかける声は笑いを含む。 「今の流れでなんでそうなる」 「おやぁ?要するに貴方に触れやすくしてくれたんですよね。――痒くて嫌だと言ってましたし?」 「お前、やだっつっても近づいてくるだろーがっ」 低くした声音に今更身を引こうとするのを腰へ腕を回して止めた。至近距離で慌てる態度へ、真面目な声色。 「気持ち、しかと受け取りました」 「ばっかじゃねぇの……」 もはや呟くだけで精一杯、一刻も早くこの恥ずかしさから抜け出したいと顔を逸らすのを許せるはずもなく、顎へと指を添える。 「ほら、目を逸らさないで」 「無茶いう、ん、んんっ――」 まだ何か言う唇は塞ぐに限る。やすやすと進入を許した口内で遠慮なしに舌を絡め取った。逃れられず甘受していたルークはやがて無意識に自らも応じ、深く求めるうちに身体が擦り付く。肩を掴む指と表情が息苦しさを訴え、ゆっくりと唇を離せば、ぼんやり瞼が開く。唾液が糸を引き覗かせた舌で舐め取れば、震える身体。 「ちゃんと見て下さい」 「だ、からっ…そのいきなりをやめろっつの!」 弾む息を整える間もなく、震えをなかったことにするかのようにルークが叫ぶ。睨み付けられようが噛み付かれようが、目的を達したジェイドは動じない。しっかり見つめて柔和に微笑む。 「ありがとうございます、ルーク」 止まる表情、揺らいだ視線が悔しげに彷徨って小さく返る声。 「…………どういたしまして」 もうそれ以上どうする気にもなれず、そして見てもいられないといった様子で力を抜いて凭れかかる体重。 ぽつり、腕の中で呟く言葉。 「その顔反則なんだよ」 ジェイドの笑いがまた零れ落ちる。 |