こっち向いて
「完二」 返事はない。 この部屋に来てかれこれ数十分、たびたび返される言葉も段々とおざなりになっていき、ついに素無視されるようになったのが少し前のことだ。 またどこかから注文を受けてしまったらしい編みぐるみのデザインに真剣に取り組んでいる不良というのはナンセンスを通り越していっそギャグみたいなものなのだが、本人が楽しんでいるならそれでいいとりせは思う。 だがしかし、だからって放置されて許せるほど彼女は心が広くなかった。押しかけた側であるとしても、だ。 「完二」 何度目か分からない呼びかけを行う。相手の様子は変わらない。 そろそろと近づいて肩口に顎を乗せ、甘えるように耳元で囁いた。 「かーんじ」 「うぜぇ」 返ってきたのは照れなど微塵も感じさせない短い暴言であった。 「ひっどーい!!」 「っだー!まとわりつくなひっつくな!」 「仮にも大人気アイドルにそーゆーこと言う?!」 大袈裟な程に振りほどいて距離を取ろうとする態度にカチン、とくる。 もちろん、それには理由がある。女性に対して免疫のなさすぎる巽完二はいちいち反応が極端なのだ。 こっそり先輩に聞いた話も合わせれば残念すぎる武勇伝がとても多い。 とはいえ、溜まりに溜まった不満を抑えこむ気はさらさらなかった。 「こーしてやるっ」 言うが早いか相手の胸に飛び込んでそのまま強く抱きついた。 倒れこんでくるようなその体勢にうっかり抱きとめてしまった完二は肩から回った腕にがっちりと固定され、己のお人よし加減に後悔する。 羞恥に任せた罵詈雑言が口をついて出るその前に、りせが無邪気な声で口走った。 「だいすき」 「!!」 途端、硬直して動けなくなった完二に満足して、りせはくすりと笑いを零す。 きっと真っ赤に染まっているだろう表情を想像し、少しだけ溜飲が下がる。 口元を緩ませながら、甘えるように額を肩口に預けるのだった。 |