それはそれ なんのかんのと用事を済ませ一息ついた夜、数日振りに訪れた酒場にてマスターにおもむろに手招きをされた。 何かと思って耳を寄せたところ、とんでもない頼みを聞くことになった。 ――とりあえず隔離してあるからどうにかしてくれ、だなんて。 私はあの男の保護者その2にでもなったのだろうか。 その1が誰かは言うまでもない。 従業員控え室や更衣室が並ぶ廊下を通り過ぎ、案内されたのは小さな部屋。 休憩所として使われているそこは仮眠用のベッドもあり、シンプルながらもなかなかの設備だった。 酔い潰れた客は基本叩き出して外に放置、あとは自己責任というギルカタールらしいスタイルを徹底しているこの店だが、 上層に位置する人種は別の話で、たまに運ばれてくる要人クラス、なんてのもいるらしい。 今回の場合も、さすがに道にほっぽりだすには忍びないどころかとんでもない相手だったわけだ。 その、とんでもない人物がうわごとのように呼んでいるのが、 「プリンセス〜…」 自分という事実に頭痛がする。 お願いします、と深々と頭を下げて退室したマスターを見送ることもなく、ただただ目の前のろくでなしを見つめていた。 むしろ、睨んでいた。 「ちょっと、そこの夢みがちギャンブラー」 あまり近づきたくないので、入り口付近から低く声をかける。 途端、がばっと起き上がり、焦点の合わない瞳でこちらを向いて叫んだ。 「ひどいですっプリンセス!」 「はあ?」 涙を浮かべんばかりに情けない表情と声とで迎えてくれたロベルトはそのまま修羅場のような台詞を吐く。 「プリンセスは俺なんかどうでもいいんだ…鬱陶しいと思ってるんだ、そうでしょう?!」 「今この瞬間まさにうざくて消えて欲しいとは思ったわね」 大体なんでコイツが物語のヒロインのような台詞を吐いているのか。 どう考えてもこの流れは、自暴自棄に走った女性が恋人を罵るパターンである。 ロマンス思考だとは思っていたけれど、それを自ら本当に再現してくるとは思わなかった、つーか思いたくなかった。 「ほらやっぱり!」 それみたことか、とでも言いたげな様子でロベルトが頭を抱える。そして枕を抱えたままベッドに転がって丸まり、 ぶつぶつと恨み節で自分を卑下しだした。 「いいですいいですもういいです!どうせ俺なんて……ギャンブルしか脳がないし特に役にも立ちやしないし…」 「ロベルト」 「朝には弱いしロマンス大好きだし」 「ロベルト」 「それに…」 「ロベルト!」 いつまでも終わらないだろう愚痴を一喝し、うじうじしてる相手にずかずかと詰め寄って見下ろした。 「酔った勢いで人の貴重な時間を浪費させるつもりなら私にだって考えがあるのよ…?」 「うわああああああ!やっぱりプリンセスは俺のこと嫌いなんだーー!!」 スイッチが切り替わりまたも暴れだす馬鹿にいい加減付き合っていられない。 「だーっもう!やかましい!」 手近にあった調度品で殴りつける。割かし鈍い音が響き、ロベルトは静かになった。 「プリンセス…痛いです……」 「酔いは冷めたかしら?」 角ばった置物を手に殊更にこやかに語りかけてみる。 ひくり、喉を引きつらせたロベルトが数秒沈黙し、俯いて悲壮な声で言葉を紡いだ。 「だって…だって、プリンセス」 「何よ」 「最近、俺のこと同行に誘ってくれないじゃないですか!!」 枕を抱きしめたまま半分泣きそうに吠え掛かってくる。 「たった2日じゃないの」 たった2日!大げさに反芻してロベルトは天井を仰ぐ。なんでこの男はいちいちオーバーリアクションなのかしら。 「25日内の2日ってどんだけ締めてると思ってるんです!アンタに会えない1日がどんなに遣る瀬無いか…!」 「アンタ自分で朝に弱いって言ったじゃない」 「合鍵渡してるじゃないですかあ!」 掴みかからん勢いで叫び、嘆き、別途に拳を叩きつけるロベルト。こちらとの温度差が激しすぎる。 ひたすら冷めた視線を注ぐ私に熱弁を奮うギルカタール有力者、属性はピュアといえば聞こえがいい阿呆。 確かに合鍵は持っている、持っているばかりに先生の顔を青くさせたなんていうお茶目なエピソードもある。 かといって毎度毎度、迎えに行かなければ起きない自分の生活を改めようとは思わないのかこいつは。 「だってもう行くのめんどくさいんだもの」 さらり言い放てば目を見開いて声を失くす、目の前の男。効果音でも鳴りそうな見事な反応に溜飲も少し下がった。 ようやっと本当に静かになった相手に息を吐き、仕方ないからちゃんと話そうと口を開く。 「溜まってるのよ、1000万G」 「へ?」 「だから、目標達成してるの。このまま馬鹿なことに使ったりしなきゃ終了よ。ちなみに軽く超過してるからその心配もないわね」 間抜けな声を上げ、間抜けな顔のまま固まったロベルトを見遣り、心底疲れて呟いた。 「アンタほんっと駄目な男ね……」 「そんな、だって、俺はてっきり…」 続く言葉が出ないあたりが情けない。大体これまで一番同行していて、まあそれなりな会話までしておいて、 数日で捨てた扱いされるなんてこっちがふざけるなと叫びたくなる。 それに、2日くらいがなんだっていうの。 「達成したらずっと一緒なんだから別にいいじゃない」 「え?!え、そ、それって…」 もごもごしている途中で素っ頓狂な音を飛ばし、更にどもりながら見つめてくるロベルト。 意味ありげに微笑んで、見据える。 「あら、あたしにプロポーズされたいの?」 「だだだ駄目です!それは駄目です!俺からします!!」 枕を放り投げ、一気に距離を詰めて両手を掴んできた。その行動力を出すのが遅すぎる。 「そ。じゃ、楽しみにしてるから」 にっこりと極上の笑みを浮かべてやり、子供のように嬉しげに笑う相手の額に指を伸ばす。 この顔が嫌いじゃない自分も、どうかしている。 「さっさと帰れ。この酔っ払い」 思い切り、指を弾いてデコピンをお見舞いした。 |