クリティカルヒット
それはまさに拷問に等しい状態だった。 何の因果で憎からず思っている相手と二人きり、自分の部屋で抱きつかれて密着しなければならないのか。 普通に考えれば喜ぶところなのかもしれないが、巽完二はそれどころじゃなかった、むしろ失神寸前に近かった。 何故ならば、彼は極端にシャイだったからである。 いつものように突然押しかけて騒がしくまとわりついてくるりせは、認めたくはないが日常茶飯事だ。 母親なんかえらく気に入ってしまって「りせちゃん、今度はいつくるの?」なんて言う始末。 別に拒否してはいない、してはいないがベタベタとスキンシップの多い相手はとかく無防備すぎる。 自分がヘタに対応できないのをいいことにきゃらきゃらと屈託なくネタにするくらいに。 猫みたいにごろごろ甘えて離れないりせを見遣り、完二は途方に暮れた。 「もー、完二ったらいつまで固まってるのー?」 さすがに飽きたのか顔を上げたりせは不満げ。これだけ好き勝手やっておいて何が気に入らないかと口を開きかけ、続いた言葉に思考が真っ白になった。 「キスしちゃうぞ」 高速で相手を引き剥がし向かい合う。突き飛ばしたりしないあたり、彼の人柄が滲み出ている。 「てんめ…っ!」 肩を掴んだまま睨みつけた完二は、搾り出すように低い声を落とす。 「ほんといい加減にしろよ!つつしみとかを持て!」 マジギレの様相で告げた言葉はどう考えても父親のようだった。 だがそれで怯むような相手であったならば、こんなことに発展はしない。 「だって。完二、キスもしてくれないじゃない」 悪びれず、殊更心外だとでもいうように口を尖らせて、大人気アイドル久慈川りせは拗ねてみせた。 「ん」 絶句するいとまさえ与えずに目を瞑り催促するりせ。もちろん完二は狼狽した。 肩は未だ掴んだままなのだ、この状況はまるで自分が迫っているみたいではないか。 ぐるぐる混乱する頭は今度こそ爆発しそうだ、手が震えるのが分かる。 「完二」 瞑ったまま、不機嫌な声が自分を呼ぶ。どうしろと。 ええいままよ!半分ヤケになった完二は自分も固く目を閉じ、唇を寄せた。 頬に。 ゆっくりと目を開け、真っ赤な顔で目をそらす完二にりせはきっぱりと言い放つ。 「意気地なし」 「るっせーな!」 尚も続く口論に溜息をつき、相手は僅かに身を乗り出した。 小さな音がして完二の頬に暖かいものが触れる。 またもや固まってしまったのを睨みつけ、いささか真剣な顔でじっと見つめてくる。 「私に奪われる前にちゃんとしてね」 人差し指を完二の唇に当て、にっこり笑う。 「ファーストキスなんだから、好きな人からのがいいの」 ぐらり、視界が傾いて、完二は今度こそ倒れこんだ。 |