降参してます


自宅ワークで不規則を繰り返す佐助がきっちりと朝食を取るのは実はそう多いことではなかった。
しかし学生の朝は早い、当たり前だが早い。
燃費の悪い幸村が朝練でコンビニメニューをぱくついて、という状況は家計にも佐助の心にもよろしくない。 そんな訳で、朝は幾分か腹に入れさせた上で軽食と昼食の弁当を二つ持たせるという日課が出来上がった。 軽食の分はサンドイッチだったりおにぎりだったり、食べ終われば捨てるかくしゃくしゃにまとめて軽量化できるものにしている。 弁当箱二つはかさばるし、佐助も洗い物が増えるが為の配慮だ。 すっかり主夫が身についた自分にこれでいいのかと思わないこともない。

「ベーコンないから豚肉にするねー」
「佐助の作るものなら何でも美味かろう」

冷蔵庫を開けたところソーセージもハムも見当たらず、冷凍の豚肉を取り出した。
フライパンを温めながら後ろへ声を掛けると制服を着終わった幸村があっさり答える。

「や、別に焼くだけだし……」
「それでもだ。俺が焼いても見事な半熟にはならぬぞ」
「旦那は火力が強いんだよー。まあ炒飯とかは上手だけど」

量の関係で大きめのフライパンを難なく振り回す幸村は豪快な料理を得意とする。
炒飯は余計な水分を飛ばしてパラパラ、卵も見事に絡んで申し分ない。
野菜炒め他、レパートリーは数えるほどだが、作ってもらうのはとても嬉しい。
何より、皿にでん、と盛り付けて差し出してくる幸村が自信満々なのが微笑ましかった。

「よっ、と。そろそろいいかな」

適当に並べた豚肉の上に落とした卵は白身がとろとろ、黄身への火の通りもちょうどいい。
これ以上焼くと黄身が固まってしまうからフライ返しで危なげなく掬い取る。
トースターから跳ね上がるパンを皿に乗せ、豚肉エッグをするりと落とす。
数枚のレタスを添えて、完成だ。幸村が席へつく間に温めたマグカップへカフェオレをそそぐ。
ミルク多めで、もちろんそちらも事前に火にかけている。染み付いた至れり尽くせりが過保護といわれる所以なのだろう。 自分のブラックも用意して戻ると、佐助が座るのを待って行儀良く手を合わせた。

「いただきます」
「はい、どーぞ」

笑いながらコーヒーを手に取りかけ、やはり思い直して佐助も両手をおざなりに形だけ。
釣られたというか、毎度きちんとしている幸村の前で自分だけしないのも微妙な気持ちになったというか。 とにかく、ほだされていることだけは確かだ。今更の話ではあるけれど。
トーストごと卵に被りつく様子に子供みたいだ、とまた笑みが浮かぶ。
半分ほど食べたところで、見守る視線に気付いた幸村が、なんだ?と首を傾げる。

「食べてる時の旦那って幸せそうだなー、って思って」
「お前が共にいるからな」

当然のていで返された言葉に頭がまったくついていかない。
頬杖をついた腕を滑らせそうになりつつ目を瞬かせる。
続きを齧ろうとした幸村が一度口を閉じ、少しばかり照れくさそうに想いを紡いだ。

「こうやってゆっくりと日々を過ごせることが俺は何よりも幸せだ」

数瞬の眼差しは遠くを見るもの、それは過ぎ去った過去の風景であり後悔であり郷愁でもある。
動けない佐助を置いて幸村はパンを食べ続け、合間にカフェオレを流し込む。
そして思い出したように先を続けた。

「今生の俺の夢を挙げるとすれば、」

言いかけておいて、手元のあと二口分ほどのパンを口に含み、もぐもぐと咀嚼。
食べながら喋らない躾の良さはじれったさでもって爆弾を投下した。

「老人になっても佐助と縁側で茶が飲みたい」

輝くような無邪気な笑顔、あまりにも平凡で尚且つ全てを踏まえての願いに撃沈するしかない。
両手で顔を覆った佐助はやっとのことで呟いた。

「……日本家屋買わなきゃ」


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