抱きついてくる


「佐助ぇぇえええ!!」

後ろから駆け寄ってくる声の大きさと勢いを察し、その場から飛ぶように空ける。
そのまま通過するかと思われた主は数歩先で踏みとどまり、不満を乗せて振り向いた。

「何故避ける!」
「いや避けるでしょ普通。旦那もうちっちゃい子供じゃないんだし」

俺様ぶっ倒れるよ、と続ける言葉に唸る仕草。
元服して随分経つものの、子供じみたところはあまり変わらない。
そもそも、自分の体格の成長を考えぬ突撃は何事か。幼い頃ならいざ知らず
――背後を取られることこそどうかと思うが無邪気に飛びつかれては振り払えなかった佐助にも原因はある
――現在の図体で勢い余られたら危険すぎる。
やれやれと肩を竦めてみせた矢先、真面目な顔で幸村は告げた。

「ならば勢いがなければ良いのだな」
「え」

まさかの続行宣言に固まるも、相手はしっかりと繰り返す。

「良いのだな」
「……いいんじゃないですかね」

反論が浮かばないというか、そんなにしたいなら好きにしてください状態に近い。
同意を得れば機嫌よく頷き、佐助へ一歩近づいた。

「うむ。ではそうしろ」
「あれ、俺様がやるの?なんかおかしくない?色々とおかしくない?」
「いいから早くせぬか」
「あーはいはい、分かりましたよ」

どうしたもんかと頭を掻き、おざなりに手を広げてから何故前からなんだという根本的な事に気付く。
だがすぐさま自分から飛び込んできた幸村を受け止めることになり、流された一連から凄まじく後悔。
真正面から密着しにきた温かさ、そして抱きつく腕の力。

「騙された……」
「お前はなんだかんだと逃げるからな」

ぐうの音も出ない。完全に諦めて息を吐き出し、片手のみ背中へ添えると擦り寄ってくる。

「満足しました?」
「お前の体温は落ち着く」

投げやりに呟いても、返ってくるのは穏やかな声。今度こそ大きく溜息をついて、もう片方の腕を己の頭へ伸ばす。

「――俺が落ち着かないっての」

くしゃりと髪を掴んで、回しきれない腕の処遇に悩んだ。


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