宣戦布告


「あ」

げ。と口に出さなかっただけありがたいと思ってもらいたい。
それくらいややこしい相手と鉢合わせ、リョーマは胸中で溜息をついた。

「ああ?」

つい本人と目を合わせて言葉を発してしまったのでその人物をスルーする訳にはいかなくなった。 限りなく不遜な態度で片眉だけ跳ね上げる器用な芸当で応えてくれたのは、あの跡部景吾だったからである。

「手塚はどうなんだ」

それらしき挨拶も交わさぬまま、彼が放ったのはその一言。 だが別にリョーマとて親しげに挨拶をする気もなかったから素っ気無く僅か目を逸らして返す。

「さあ、治療してんじゃない」

適当な態度にそこはかとなく機嫌を損ねたようだが、気にする殊勝さはこの少年にはない。
ふい、と今度は顔ごと逸らしてしまった相手に跡部は舌打ちをすんでで堪え、さらに言葉をかける。

「連絡とかねぇのか」

一瞬ちらり、と跡部に視線を投げかけまた戻す。ややあって妥協したのかねちねち言われるのを避けたのか口を開いて端的に話した。

「六角の試合の時、皆にメールきたけど」
「ほう?」

語尾が興味深げに音が上がる。そんなにこの人は部長のことが気になるのか、というか跡部だけではない、 大会に参加する名だたる面々は揃って手塚国光という存在に一目置いているのだ。
更にこの跡部のように直接対戦した人間なら、意識するのが当然ともいえなくはない、自身も含めて。
それが越前はなんだか気に食わない。

「油断せずにいこう」
「は?」
「メールの内容」

多分、割と珍しいであろう跡部景吾の疑問で固まった顔にしれりと答え、帽子の唾を持つ。 数秒ほど、訳がわからねぇと言いたそうな表情をぐるぐると変化させ、 額に軽く指を当てながらようやく質問を搾り出してくる。

「……お前らはあいつと意思疎通できてんのか?」
「大石先輩とか不二先輩はしてるんじゃない?」
「お前はしないのか」
「だってあんま喋んないし」

また跡部の表情が止まった。

「部活でしか会わないし1年と3年って校舎も遠いし。たまにすれ違いはするけど」
「お前、期待されてんだろ」

あいつに。言わずとも、続けずとも分かる意味合いに、ふっ、と小生意気な笑みが浮かぶ。

「まあね。俺、優秀だから」
「ハッ、言ってろよ。その自信潰してやるぜ」
「そっくりそのまま返す」

軽口のはずの応酬は、実のところ重かった。切り返しに反応されるより尚速く、リョーマははっきりと口にする。 目を逸らさず射るように、

「部長は帰ってくるし、俺は負けない」

高らかな宣言を。

「上等だ」

敵は満足そうに笑って踵を返した。

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