主張


売り言葉に買い言葉、という程のものでもない。それこそ適当に意味のない会話を続けてしばらく、 傍らに腰掛けて本を読む相手のいつものセリフにいつものノリで返した、はず。

「部長が優しくしてくれればいいんじゃないの」

するりと零れ出た一言、特に意味もないつもりのそれに反応された。
見上げた仏頂面はプラスアルファの不機嫌さを装備して僅かに眉を顰め言ってくれるのだった。

「いつもそうしているつもりだが」

とてつもなく不本意だとでも言うように、読んでいた本をパタンと閉じて、じっとこっちを見つめてきたりする。 しまった、そういう方向で怒るのか。限りなく不毛な展開へとシフトしたことにどう後悔していいのやら。 見据える視線はこちらの返答を待っている。

「いや、今のはなんていうの」
「なんだ」
「別に部長がひどい人とか言ってる訳じゃなくて」

頑固だとは心から思ってるけど。さすがにそれは胸に留め置いた。 だがそこで切り返してくる部長の言葉は斜め上に突き進んでくれる。

「むしろお前には甘すぎるのではと自覚しているくらいだが」
「自分で言うな」

どんな宣言だそんなこと生真面目な顔で言われてもこっちが困る。果てしなく困る。
向かい合っての微妙な沈黙、言ってる中身はとてもくだらない。

「もういい」

あほらしくなって手を振った。ハイハイおしまい、と投げやりに零せば不機嫌さを更に高めて、越前、と呼びかけられる。 これはめんどくさい。

「部長が俺のこと可愛くてしょーがないのよくわかったから」

今度こそ視線を外すと読みかけだった雑誌に目を落とす。まだ何か反論なり溜息なり襲ってくると思いきや、何だか静か、微かな違和感。 ふと見やると目の前の部長は口元を押さえ目線を逸らし固まっていた。 泳ぐ視線、それは動揺。ちょっと待て、それは待て。

「いやこれで照れられても」
「煩い」
「否定しないんだ」
「少し黙っていろ」

湧き上がる楽しさ、優越感に心を任せ、距離を縮めようと身を乗り出した。

「いつも優しくしているのに何が不満だ、っていう態度こそ俺が照れるとこだと思いますよ?」

部長、とおどけるように敬語で追い討ちをかけてみれば増える眉間の皺。
突付いてやろうと伸ばした指は捕らえられ、今度こそ降ってくる深い溜息。

「今は何を言われても可愛いとしか思えない」
「アンタ本当に駄目な人だね」

心からうんざりして呟いた。

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