めでたしめでたしを続けましょう


見慣れた生意気な顔は口元を歪め、呆れたように笑った。

「アンタといるの疲れちゃった」

***

落下するような衝撃と共に覚醒する。
真っ先に目に入った白い天井は紛れもなく己の部屋で、回りきらない思考が夢だったのだと伝えてくる。
思わず息を吐いたところで視界に飛び込んできた夢と同じ顔。

「あ、起きた」
「?!」

厳密には同じではなく、きょとんと覗き込むものであったがタイムラグなく重なると狼狽えざるを得ない。無言で合計二回目を見開いた手塚をまじまじと見つめ、やがて寝ぼけと判断した様子で片手を示した。

「部長が鍵くれたんでしょ」

人差し指でくるりと回された紐の先、跳ねた金属の塊は紛れもなく合鍵だ。家族以外で自由に出入りする相手は――否、家族とて緊急時のための予備であるから、実際に使っているのは越前だけといえる。それこそ休日の朝から押し掛けてくるほど慣れた後輩が、一応尋ねるていで口を開く。

「喉乾いたから水もらうよ」

一人暮らしの1K、少し離れた場所にある冷蔵庫は飲み慣れたミネラルウォーターが入っている。その場から踏み出しかけた相手の腕を無意識に掴んだ。ぱちり、瞬いた視線が向けられて思わず構える。

「なに、部長も飲みたい?」

淡々と問うてくる越前に力が抜け、訳もわからず同意した。

「ああ、そうだな」
「ふ、」

途端、噴き出したのちくすくすと笑い、引き留める力はないものの離さない手をちらりと見やる。

「やな夢見たんだ」

ばつが悪くなり、そっと解放する指を今度は絡め取って、しっかりと繋がれる。

「怖いならいてあげよっか」

口角の上がる顔は明らかに愉しむ姿勢だ。もうここまで恥を晒したのなら今更かと隠すのはやめにした。

「一緒にいるのは疲れた、と言われた」
「俺に?」

沈黙の肯定。マジで?と続けた越前がしみじみと呟く。

「部長はそれ言っちゃうからすごいよね」

互いの組んだ指をにぎにぎとしながら、じっと見つめる。

「見栄とか張らないんだ」
「お前に張ってどうする」
「ふふっ」

細まる瞳と綻ぶ口元。

「百点満点じゃん」

嬉しげに言った越前が手を繋いだままベッドに腰掛ける。

「昔話、しよっか」

遡れば中学生、最高学年の春を迎えてすぐだった。天才ルーキーは現レギュラーを出し抜いてあっさりポジションを勝ち取り、頭角を現す。そして手塚に闘志を燃やすことで強くなる目的を定めた。

「勝手に負けるし、九州行くし、選抜でもドイツ行ったし。部長、だいたいいないでしょ」

厳しい追求に喉の奥で唸る。アメリカに突然渡った越前も同レベルだろうと思わないこともなかったが、それを指摘できるのは第三者である。

「でもさ、あれアンタいなくてよかったよ」

どちらも部長不在の関東大会決勝。決したのはいちかばちかの賭けだと聞いた、そもそものオーダーこそが博打だったシングルス1。追い詰められ、残り三勝をもぎ取った感想が告げられた。

「部長がいなきゃ勝てないチームになってた。それは青学としてどう?」

見据えてくる眼差しはただ純粋に、高みだけを目指すもの。

「ね、結果オーライ」

諭す声。絡めた指に手塚から力を込めた。

「お前は俺といて、」
「疲れるに決まってんじゃん」

即答に詰まる。二の句を次げない間になおも言い募る容赦のなさ。

「部長だよ?小言多いし、常に監視されてるみたい。友達には絶対なれないタイプ」

つらつら並べられる内容は成人するまでに聞き飽きた。しかし改めてこの場で言われると反論も難しい。

「ま、こうやってたまーに会うくらいがいいんじゃないの」

身も蓋もない結論が追い討ちをかけてくる。いよいよ完全に沈黙した手塚を確認し、また越前が笑った。

「ショック受けてる。冗談冗談、無理ならこうなってないでしょ。部長ってば繊細」

自由な手をぱたぱたと振って撤回する相手に盛大な溜め息をつく。

「お前な……」
「そういうめんどくさいとこ嫌いじゃないよ」

笑ったままで再度覗き込んでくる顔が近い。

「俺を引っ張り上げたアンタしか見えなくしたんだから、責任取ってよね」

ちゅっ、と吸い付く感触が軽かった。三度目の見開きに満足したらしい越前は、いい加減に起きろの意を示す。

「はい、サービスおしまい。はるばる来た恋人にモーニングお願いします」
「……10分で支度する」
「やった、いつもの角の店ね」

うきうきと立ち上がる相手の指はするりと離れたけれど、心は充分に満たされていた。

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