約束された満足度


自分を視界に捉えた途端、瞳の光が増すのが好きだった。ほんのり喜びを乗せて僅かに口元が緩む生意気さはいっそ絶妙といえる。

そんなことを思い出すのはテレビで越前を見たせいだろうか。互いにプロとなり試合を重ね、知名度も上がったのは最近のこと。サムライ南次郎の息子というだけで話題性のある越前リョーマはその小柄な体躯のハンデもなんのその、世界で次々と強豪を打ち負かしていった。同じ日本人である上に中学からの付き合い、そんな格好のネタをマスコミが見逃してくれるはずもなく、何かと特集が組まれるのは有名税か。多忙でインタビューが受けられない代わりに過去の知人へ矛先が向いて、いつの間にか二人は母国公認の好敵手だ。当時の様子を知る仲間たち、なんて見出しでこれでもかと好意的に持ち上げられれば為す術もない。サムライJr.ともてはやされる滞在地でのニュースを流し見て部屋を出たのは今朝の事だ。

先週、わざわざ電話で誕生日を祝ってくれた後輩は相変わらず生意気でしかなく、もうすぐ成人を迎える事実が些か信じられない。

そんな思考のまま帰宅したおかげか、玄関を通ってリビングへ抜けるドアを開けた瞬間、相手の姿に目を見開いた。

「あ、部長」

トレードマークの白い帽子だけでなく、色褪せぬ思い出の青いジャージまで一瞬だけ鮮やかに幻視した。思わず瞬くものの、その程度で崩れる表情筋でもなく室内へ足を踏み入れてから口を開く。

「越前、これは事後報告だ」

携帯を掲げて示したところ、ソファに腰掛けた相手の足がぷらぷらと揺れる。唐突な訪問は今に始まったことでもないが、学生時代から変わらなさすぎるのも問題だった。要は甘えているのだとわかっているけれど、前日どころか当日に「来たから待ってる」だけのメールを寄越すのは頂けない。待ちぼうけを食らったところで自由にくつろぐだろう態度も想像できて溜め息を吐けば、拗ねたように唇が尖る。

「久しぶりの恋人に冷たくない?」

「歓迎するにも手順が必要でな」

「お役所仕事はよくないよ」

ああ言えばこう言う。文字通り揚げ足取りに長けた越前と舌戦しても得などない。とりあえず荷物を下ろし、時間を改めて確認すれば十八時を過ぎていた。夕食はやはりまだのようで、再度の外出を検討する手塚へうきうきと声が掛かる。

「作る?食べに行く?」

どうやら勝手に冷蔵庫も検分したらしい。

ついこの間に買い出しを済ませたばかりで食材は十分にある。互いにそこそこの自炊能力がついたのは海外生活の長さ所以ともいえよう。和食でなくても日本人好みの味は作ったほうが早いのだ。越前の場合、手塚と居るとここぞとばかり家で食べたがる。それが食事だけでないのも理解していた。

今更の話だが、何故ここまで懐かれたのか手塚は未だに分からない。

長年付き合って不誠実だと詰め寄られれば言い訳も出来ないが、越前は文句を言えども決して離れず、面白そうに眺めやるばかりだ。

――部長、俺のこと好きでしょ。

突然の決めつけから始まった関係は、即座に否定できなかった時点で最初から相手のペースなのだ。あの日、理解が追いつかず固まる手塚へ猫のように擦り寄って越前は囁いた。

――俺も好きだよ、嬉しい?

そこまで思い出してふいに行動に移してしまったのは本能というかなんというか。拗ねたと思えばすぐにこちらをわくわくと窺う相手がどうにも愛らしかったからに相違ない。前触れなく伸びてきた腕に抱き締められた越前は先ほどの手塚の三倍は瞼をぱちぱちさせて問うた。

「歓迎手続き終わったんだ?」

「ああ」

「ふうん」

気のないようで上機嫌な呟きと共にすり寄って、背中へ腕が回された。

「VIP待遇ってやつだ」


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