待ち時間


「うわ、40分……」

少し遠出をして打ちに行った日の帰り道。寮へと戻る裕太と別れてバス停に向かったはいいものの、路線の関係で見事に時間を逃してしまった。 仕方がないので手持ち無沙汰にベンチへと腰掛けようとしたところ、やけに低音な呼びかけが届いた。

「ああ、」

反射的に振り向いたと同時、確認するように名前を呼ばれる。

「不二周助やんな」

割と長い髪に丸眼鏡に関西弁、まごうことなき忍足侑士、その人だ。
同じく乗り遅れたのか知らないが、呼びかけておきながらこちらの反応を待たずにベンチに腰を下ろす。

「不二周助以外の何者かになれるならなってみたいけどね僕も」
「けったいな返し方しよんなぁ自分」

ずばり言ってくる忍足の言葉でつい不機嫌を乗せたまま返事をしたことに気付く。
だってフルネームで呼び止められて喧嘩を売られたことも少なくはないからだ。 何より、裕太と別れた後っていうのも悪かったのかもしれない。 自分の中に根付くあまり宜しくない感情を行き会っただけの彼にぶつけるのはとても失礼なことだ。 でもあの声のかけ方は微妙だった。

「あれ、なんでちょっと喧嘩みたいな会話になってるんだろうね」
「まだ二言しかかわしとらんちゅうに」

誤魔化すように笑った僕の不自然な言葉をまた見事に混ぜっ返して忍足は空気を和らげてくれた。 改めてバックを肩から下ろして自分も腰掛け、適度な距離で表情を向ける。 少しの八つ当たりを含めたことも事実だからそこは悪いと思う。

「僕が悪かったよ。ごめんね」

一瞬、表情を止めた忍足はうーん、と唸るような素振りを見せて――正直その仕草はうさんくさい、悪気はないけれども――口を開く。

「笑顔と謝り方は二重丸やけどなんやひっかか…ああもうええわ。めんどくさい。俺も悪かったですー」

言いかけてやめられると気持ち悪い、そして内容が隠しきれてないから更に気分も悪い。

「君の場合テンションの低さが何かに拍車をかけてるよ」
「素直に『むかつく』言いーや、手厳しいな天才はんは」
「君だって氷帝の天才でしょ」
「ほな天才2人、もうちょっと和やかに話そうや」

朗らかに向けられた笑顔はこれまでの経緯を考えるとなんともうさんくさい。

「氷帝ってほんとマイペース集団なんだね…もはや尊敬に値するよ」
「青学かて十分個人主義の集まりやないか」

……否定できない。

そのあとの会話は本当にたわいのない世間話だった。適当に見せかけて気を使うけどそうでもない、という絶妙な配分の彼は話しやすく、 乗り逃したバスのことなんか気にならなくなるほど心地良い。 ささくれ立った気持ちで接してしまったことを改めて悪いと思った。

「学校違うゆーんはな、同じなんと別の気安さっちゅーのがあると思うわ」

何気なく呟かれた言葉にこくりと思わず頷いた。満足げに笑った忍足は続いてさらりと紡いでくれる。

「そやから、跡部も自分にそーゆーの感じてるんとちゃうん」

疑問系でも断定でもなく、個人の感想といわんばかりに。

「俺らも馬鹿やるし、あのお坊ちゃま巻き込んだるし好き勝手やっとるけどな、人の関係性ってのはそれぞれ別の位置づけな訳やんか」

何故、と浮かぶ疑問をぶつける気持ちはすぐに消え去った。これは遮ってはいけない言葉だ。

「あのえっらそーな王様が楽しく相手できとるんは、やっぱ嬉しいことなんよ」

――おおきに。

やっぱり声のトーンもテンションも低くて、ともすれば投げ遣りともとれるような言い方ではあったけれど、 確かにその時の忍足は部長を思う部員の顔を、していた。
青学でもよく見ることのできる、信頼した人への温かさを確かに感じたんだ。

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