先制攻撃 柳生比呂士は頭が良い。それは今更説明などされなくても、誰もが認める事実であろう。 オールマイティ人間というものは案外存在するもので、かの人は頭が良ければ見た目も紳士、 物腰柔らかく人当たりも二重丸、といういわゆる憧れの的になりやすいパーソナリティであったりする。 更に本人にあまり自覚がなく嫌味もない―――ところがある意味嫌味に思える点は差し置いても好感の持てる人物なのだ。 その完璧申し分ない相手が今まさに自分に向かって歩いてくる、眉を顰めて。 ああ、これはまたお説教か。どう適当にかわすかの算段をしている間に距離を詰め、目の前の机にバン、と手をついた。 「どうやら、」 紳士らしからぬ行動に目を瞬かせ、思わず手を凝視している間に爆弾が投下された。 「私は貴方を好きなようです。如何しますか」 「いや、聞かれてもな」 優等生の行動とはとても思えない、模範的を遙かに飛び越した一撃である。 お前本当に頭いいのか!何故か標準語で芸のないツッコミをしそうになるところを軽く抑えて仁王は呻く。 勉強できるイコール頭が良いなんて方程式を信じ込んではいないが、さすがにこれはない。 「順を追った説明が欲しか…」 疲れたような苦々しいような感想を言うのが精一杯、普段からどんな状況もそれなりに楽しむなり避けるなりしてきたつもりだが、 突然の相方の暴走をこんな形で受けてスマートに返せるほど達観してはいなかった。 つまり、柳生が言いたいのは仁王の精神面での問題らしい。 さっきの大暴露の内容が迷惑なら迷惑でダブルスを組むのに支障がでるかもしれない、だとしたら解消すべきだと言うのである。 「貴方に気まずい思いをさせるのは私の本意ではありませんし」 強硬な姿勢で説明をしたかと思うと、申し訳なさげに目を伏せる柳生。 一連の様子を胡散臭げに見上げることしばし、呆れた面持ちで仁王が問いかけた。 「じゃあ、なんで言うかね」 「言わないで置くのは無理だからに決まっているでしょう。馬鹿ですか貴方」 言い切りの上、割と冷ややかな視線を向けられた。何故に。 「百歩譲って照れ隠しとしても怒るとこじゃな、これ」 割と腑に落ちない気持ちで一杯のまま、不機嫌さも隠さずに言い放つが、はあ?と首を傾げられた。 コイツ実は喧嘩売りにきたんと違うか。蓄積される不快ゲージをなんとか気にしないことにして目線を合わせる。 「まず、お前さん、俺が迷惑っつー前提で話しとらんか?」 「そう考えるのが妥当だと判断したので」 至極真面目に返される言葉にむかつく通り越して色々な意味で腹が立ってきた。 素晴らしく自己完結甚だしい、結局はダブルスを解消しましょうといきなり言われたに等しいのだから。 否、これはその宣告であると同時に、選択権を自分に委ねてくる柳生の逃げなのだ。 「ほーかほーか、じゃあ最初っから負け戦ってことかい」 「勝ち負けの問題ではないような……」 幾分か低くなった声音でせせら笑ってみせたところで、思考の固まっている相手に通じるはずもなく、 何を言ってるんだとばかりの眉を寄せた嗜める表情で返される。 「気に入らんな、そーゆーの」 絶対零度。そう表現して差し支えないほどの冷たい音、極限まで冷えた怒りは一言に集約されて発せられた。 柳生はハッと押し黙るが引くつもりはないといった態度で見つめ、目線は外されず交わったまま。 詰問するかのような声が飛ぶ。 「積極的な消極性を発揮してどうするよ、そこは俺を口説き落とすくらいの覚悟を持ってみんしゃい」 「無茶を言わないでください」 「俺が惚れるかもしれんだろ」 不機嫌最高値の発言に、違う意味で時間が止まり、おずおずと柳生が挙手をした。 「あの、先程から会話についていけないのですが……何故私は仁王くんに怒られているのでしょう」 困った顔の柳生に、弛緩した空気。確かに訳が分からない。 仁王は頭をがしがしと掻いて大きく息をつき、ぱっと元の顔、いつもの飄々とした笑顔を出してきて机に肘をついた。 更に何事もなかったかのようにさらりと勝手にまとめに入る。 「ま、要するに。お試し期間でも作ってみるか、っちゅーことじゃ」 「は?」 「柳生といるの、悪くなかよ?」 にっこー。それはそれは無邪気な笑みで拒否するのを許さない雰囲気を醸し出す。 「ダブルス、解消する気はないけん」 よろしく、そう差し出した手を柳生は訳が分からないといった顔で流されるままに握った。 困惑の表情を残しながらも、安堵する様子を見遣って仁王は心中で微かに毒づく。 だからそう自分を追い込むような選択肢ばかり選ぶのはやめろということ。何故そう己に関しては悲観的なのかと問い詰めたい衝動の元はなんなのか、考えるまでもない。 それを柳生にぶつけるのは大人気ないのも分かってはいる、いるがしかし。 実は自分もとっくに臨界点など超えていたのだから、些細な悪戯くらい許されてもいいはずだ。 先に言われて悔しかったなんて、絶対に教えてはやらないのだ、と。 |