てのひら返し


完全に膠着状態に陥ったのち、やはり折れたのは土方だった。

「ゆ、許してくれ総司」
「つーん」
「すまん総司」
「つーーーん」

口で擬音を表す総司の顔は拗ねた子供そのものであり、こうなってしまったらお手上げなのは長年の経験で思い知っている。特に土方に非がある場合は。それが甘えであることも繰り返す下地のあることが根本の元凶と理解はしても、人間とはそんなに器用な生き物ではない。

「総司……」

途方にくれて呼ぶ声に、ちらりと視線が飛ぶ。不貞腐れたまま、低い声で。

「言葉だけですか」

投げられた問いに粛々と頷く。

「わかった、何でも好きなものを」
「そうじゃなくて!ていうか何でもとか簡単に言うのやめてくださいよ、僕が城が欲しいとか言い出したらどうするんです模型でも買ってくれるんですか」

遮る勢いは強く、続いた早口は非難だった。思わず喉の奥から呻くように詰まると、悲しげに目が伏せられる。

「もういいです」

諦めの響きで身体が動いた。俯いた総司を引き寄せて、腕の中へおさめてしまう。息を飲んだ相手が固まって動かない。罪悪感と共に行動の言い訳を述べる。

「すまん、触れられるのは嫌かと思ったがお前のそんな顔を見ては……」

それ以上の言葉が紡げず、抱き締める力を強くした。ほどなくして、密やかに届く音は小さい。

「……るい」
「総司?」
「ずるい、土方さんずるい。何にもわかってないくせに欲しいものばかりくれるんだから」
「総、」

はっきり聞こえた文句はやはり責める語調ではあったが、呼び掛けを重ねる前に相手が顔を上げて睨み付ける。

「たくさん抱き締めてキスして僕のこと呼んでください。ここまで言わなきゃ駄目なんですか、もう」

語尾が揺れ、僅か潤んだ瞳に胸が痛む。右手をおそるおそる伸ばし、頬へ触れた。拒まれなかったことに心から安堵する。

「……ああ、俺は駄目な男のようだ。挽回させてくれないか」

答えの代わり、閉じたのは瞼。そこへ唇を寄せてから、ゆっくりと二人の時間に沈んでいく。


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特効は根源にて


冷戦開始からおよそ二週間、愛獲活動は普段と変わりなく勤めるが二人の空気は重い。
きっかけはくだらないことだったが、総司が折れて当然のような流れに苛立った。
土方にそのつもりがなかったとしても、無意識でそうなっている感は否めない。
お疲れ様です、と笑顔で挨拶。立ち上がり、すぐさま扉へ向かう。互いのみの楽屋は息苦しかった。

「総司」

呼ぶ声に振り向くつもりはない。打ち合わせも終わったし、今日はもう帰るだけだ。
何より、その響きで察してしまった。仕事ではなく、二人のときに呼ぶ音だ。
僅かな逡巡のうちに腕が引かれ、反転した身体が支えられると同時、噛みつく唇。

「んっ」

開いたまま重なったせいで易々と舌の侵入を許し、絡めてこする感触に息を漏らす。
思わず縋ってしまった指が相手の隊服を掴んで、更に深くなる口付けをねだる形になった。
悔しくて強く吸い上げると土方の腕が腰へ回り、背筋から震えが駆け上がる。

「は、……」

糸を引いて唇が離れ、舐め取る仕草につい目を逸らす。
負けた気分でむっすりと相手を睨む。

「僕の機嫌ってキスで直るんですか」
「普通に呼び止めても無駄だと思ったからな」

いつもの顔と態度で悪びれず答えるのが火に油を注ぐ。

「ふーん、手段かあ。土方さんは目的のためなら何でもしますもんね」

刺々しさを隠さずぶつければ、やはり表情を変えず重々しい一言。

「お前に触れられないのも限界だ」

沈黙が落ちる。

「あははははは!」

手を叩いて総司は笑った。

「すごーい、自分勝手、おもしろーい」

あまりに馬鹿馬鹿しくて心底おかしい。
目元に涙まで浮かべてはしゃぐ様に土方が渋い顔をする。

「ちゃんと許しを得るまではもうしない」
「ほんと堅物、手は早いくせに」

支離滅裂な発言に斬りつけ一閃。
うぐ、と詰まる音を聞きながら指先で水分を拭う。
眉を寄せてだんまりを決めた土方をもう少し苛めたいところだが、別の欲もある。
改めて凭れ掛かり、肩へ指を伸ばして緩やかに掴む。

「僕ね、思ったより簡単だったみたいです。さっきのでどうでもよくなっちゃった」

滑らせて、辿る指は襟から首元へ。一度考えるように瞬いて、外した手を自分の唇に向けた。
中指の先から手袋へ噛み付いて外し、ぽいと鏡台のところへ投げる。
素手で土方の顎をくすぐって、上目遣いに微笑んだ。

「もっと前後不覚になるくらいのこと、してくれていいんですよ」

ちゅっと顎へ口付けひとつ。精悍な顔にぎらつく瞳が欲を宿す。

「僕だって、土方さん足りない」


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