負けるが勝ち?


「もういい!土方さんなんて、土方さんなんてっ……!」

口論の果て、激昂して唇から放たれる文字列は容易にその先を想像させ、相手の眉が動いたのが目に入る。 構えるほどにはダメージを与えるのだという僅かな満足感とそれを超える別の不満も湧いて出た。 だったら言わせるようなことをしなければいい、自分を慮ってもっと満たしてくれたらいい。 刹那の間に流れた思考は今の気持ちそのままを言葉にした。

「大好きですよ!!」

怒りのまま投げつけるそれ。見開く相手の瞳、落ちる沈黙。完全に固まった土方の顔で唯一動く唇が音を発する。

「あ、ああ……」

うろたえた同意を耳にして総司は胸のすくような気分だ。

(勝った……)

拗ねて怒れば、宥めるか落ち着くまで待つのが土方である。暴言を吐くよりこのほうが決め手になるのだ。 もっとも、切り札みたいなものだから一度出してしまった今後はそこまでの威力はない。
くすぶる苛立ちはまだ完全に収まらないけれど、途方に暮れたような相手が結局抱き締めてくるのもいつものことで。
そうやって謝ってくる声の響きも好きな事実はやっぱり負けているかもしれなかった。
 

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お気のすむまで


腕の中で擦りつく総司は先程までの癇癪の名残で僅か眉を寄せながらも、離れることはなかった。
どちらが悪いのか最早わからないというよりはどうでもよくなった現在、土方の意識は気紛れな子猫のような相手の機嫌回復に努めるほかない。ここで間違えると向こう数日は口を聞かぬ状態へ発展するからだ。

――さて、どうしたものか。

とりあえずはいつもの如く頭を撫でてはみるものの、とてもそれだけで治まりそうにはない。触れる手は拒否されず、細い髪を何度か指で梳いた。
やがて大人しく胸へ凭れていた総司が顔を上げ、まだ些か睨みの効いた眼差しで不満げに見つめる。何か間違ったかと視線を受け止めるまま待てば、拗ねた声音で。

「ちゃんと誠意見せてください」

――誠意、とは。

反応が送れる土方の予想が付いていたのか総司は機嫌を悪化はさせずに言葉を続ける。

「もう、言わなきゃわからないんですか」

自ら少し顎を上向かせ、唇が尖る。あからさまな誘いに疑問が先立つ。それはどちらかというと誠意ではなく有耶無耶にする手法に思えたからだ。土方の微細な表情の変化に気付いた総司が補足でせっついた。

「仲直りしましょう、ってことです。僕がちゃんと妥協したんだから乗ってよ」

どの口が、とは思ったが土方とて拗らせたくはない。それに、語尾に合わせてほんの少しだけ瞳に不安が揺れたのも見て取れた。甘いとそしられようが、この理不尽さこそいとおしく感じる。
ねだられるままに唇へ触れ、額や頬へも口付けを落としてから再度重ねた。いつも身長差も相まって額から順に落とすのだが、そのたび不満げな瞳が土方を責める。はやく、どうして、唇へしてくれないのかと。反面、望み通り触れればすぐに表情が和らぐ。啄んでは吸い、食んでは押し付ける。深いものより、じゃれ合いのような口付けを総司は好む。互いの温度が馴染んだ頃、少し強めに長く吸った。

「ん、……」

鼻から抜ける声が甘く漏れ、啄む動きも加えて唇を離す。軽い音が鳴り、ぼんやりと瞼を開いた総司が夢うつつのように呟く。

「もっと、」

すぐさま唇を塞げば相手からの吸い付きが増し、小刻みに響く水音未満。舌で舐めずとも湿り気を帯びてくるほど繰り返し、再度長く吸って解放した。酸素を求める総司の顔は火照り、呆けたように体重が預けられた。 吐いた息は熱く、土方も呼吸を整えながら再度頭を撫でる。ゆっくり瞬きをした総司が潤んだ瞳で上目遣いに名を呼んだ。

「土方さん」

ぞく、と走るものが興奮だと認めずにはいられない。瞬間の反応を見逃さぬ相手は意図が伝わったことを満足そうに笑い、首へ腕を回す。

「たくさん可愛がってくださいね」


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