お迎えです


散々吐き出し終えて机に伏す総司を見守って桂がお茶を啜る。
机の上の煎餅は残り一枚だ。台所へ引っ込んでしまった高杉が夕飯を作り始めてからしばらく経つ。 きっともうすぐほのかな匂いが届くだろう。そんな時間の流れにも慣れてしまったほどにここへは甘えている。 やがて聞こえてくる桂の穏やかな声。

「今日は泊まりますか?」

即答出来なかった。しかし選択肢はひとつしかない。

「………………帰る」

たっぷりと間を置いての返事、またお茶を啜る音が聞こえた。
ここで揶揄せずにいてくれる桂はやっぱり大人だと思ったし、それはそれで悔しい。
静かなまま、ぼんやりとしていると廊下を歩く規則正しい足音。
気配に勢いよく顔を上げた。

「邪魔をする」

声と同時に開け放たれた襖は些か乱暴な音を立てる。
現れた土方が総司を見て一瞬安堵するような表情となったが、思わずふいと顔を逸らしてしまった。 落ちた沈黙、毛先へ指を伸ばして絡ませる。

「総司」

少しばかり躊躇する低音。
呼び掛けに答えない。くるくると巻きつけた髪へ視線を落とす。

「帰るぞ」

引き結んだ唇を少し噛む。足音が近づいてきて、逃げるように瞼を瞑った。
途端、ふわりと温かな感触が頭を撫でる。てのひらだと、目を開けなくても分かった。

「迎えに来たんだ」

宥めるみたいに、それでいて真剣さを帯びた声におそるおそる視界を開く。
不器用な男が、案ずる色を湛えて総司を覗き込んでいる。
もう一度、優しい手がゆっくりと撫でた。

「帰るぞ」
「……はぁい」

慈しみを持って染みる音へ間延びして答えるのはせめてもの反抗心。
やれやれ、と瞳を細めた相手を少しだけ睨み、さっさと立ち上がった。

「ご馳走様。今度のお茶菓子は持ってくるから」
「沖田くんのお勧めですか、楽しみですね」

柔和な笑みで片手を振る桂に視線を流し、廊下へ出る。土方は桂に礼を述べているが、先に歩いて玄関に向かう。 途中の台所の入口から、高杉に声だけ掛けた。

「帰る」
「おう、帰れ帰れ」

振り返らずに後ろ手だけ、しっしと動かしてみせるのを鼻で笑う。
屋敷から数歩離れたあたりで土方が追い付いてきた。
いつもならお叱りと共に拳骨が飛ぶところだけれど、今日は無言で隣に並ぶ。
しばらく歩いて、まず袖口を掴んだ。

「総司?」
「手」

疑問系を遮るように一言。

「手、繋いでくれたら許してあげます」

土方の眉が目に見えて跳ねる。口元を若干引きつらせながら低く問う。

「……屯所までか」
「当然でしょ」

言い切れば唸る音。じっと見つめること数秒のち、袖を掴む指が外された。

「手袋のままでいいのか」
「!」

落とされた意味に瞬いているうち、器用に手袋が引き抜かれる。
無骨な指が総司の指を絡め取った。伝わる体温、ささくれだった気持ちが一気に解けていく。

「……土方さん、恥ずかしい」

ぎゅっと握り返すと開き直った答えが返った。

「諦めろ、俺はお前が可愛いんだ」


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