彼はそれを杞憂と言う


あしらえばあしらうほど悪化する、そういう酔っ払いはとにかく性質が悪いものだ。

「あれー土方さん嫉妬?嫉妬ですか?ちゅーしてあげましょうかー?」

積極的にしなだれかかってきた総司をある意味返り討ちする恒例行事は、土方の部屋へ回収するまでが一揃えである。
運ばれるうちにうとうとし始めた相手から寝息が漏れて、布団へ寝かせれば朝まで起きない。
今回は珍しく眠りが浅かったか、そっと下ろしたあたりで瞼が開いた。
まどろんだ視線は土方を捉え、ちらりと周囲を確認して一言。

「ちっ、間違い起こせばいいのに」
「寝起きで舌打ちか」

常よりは張りのない声だが言っていることは通常運行だ。
これで普通というのも土方を悩ませる一因である事実は今更すぎて流すしかない。
いいからそのまま寝てしまえ、と頭を撫でるものの酔っ払いは勢いを増す。

「もっと獰猛な獣みたいに襲ってくれたっていいんですよ!」
「反応に困る」
「あ、だめ、土方さん……みたいな」

素で返せば声色まで作ってくるので、酒のおかげで染まった表情やらは若干洒落にならない。
あざとさを前面に押し出す相手へ色々な気持ちのない混ざった息を吐いた。

「俺の立場で言うことじゃないが……」

撫でていた掌を離し、まっすぐに見つめる。

「総司、お前そもそも嫌がらないだろう」
「土方さんを嫌がる要素がどこにあるっていうんですか!」

がばりと跳ね起きた総司の表情は真剣だ、むしろ目が据わっている。

「…………その気持ちは嬉しい」

勢いに押され、僅か後ろに身を傾けながら言葉を紡いだ。嘘ではない。
途端、緩んだ笑顔で両腕を伸ばしてくる。

「ですよねー僕に愛されて幸せに決まってますよね」
「本当に酔ってるなお前」

頬を引き寄せる力に抗わず好きにさせれば瞳の色が変わり、笑みが消えた。

「土方さんは、僕が、幸せにするんです」

言い聞かせるような響きはどちらへのものか。
一転した雰囲気へ問うまもなく唇が押し付けられる。
吸い付く音が小さく鳴って、瞼を閉じる反応さえできなかった土方はそのまま総司の長い睫毛を見つめていた。
体感として長く思える口付けは何秒のことだろう、殊更ゆっくり離れていく馴染んだ温度が名残惜しい。
吐き出す息と同時に開いた相手の瞳が渇望に染まる。

「だから、」

続く言葉は容易に想像できた。

「他なんて見ないで」
「見るつもりがない」
「ずっと見ないで」
「お前だけだ」
「僕は土方さんしか、」
「総司」

懇願を遮り音の出所を塞ぐ。今度は閉じられなかった総司の瞳が驚きに見開いて、舌を絡めるうちに蕩けていった。
頭の後ろへ手を回し深く合わさるよう固定すると甘い息。ねだる仕草で腕が巻き付いてしまえば没頭するしかない。
やがて糸を引きながら唇を離し、目の端に浮かんだ涙は指で拭う。
物足りなげな総司が唾液の糸ごと舐めてくるので音を立てて軽く吸ってやる。

「ん、」

くすぐったそうに、それでも幾らか満足したようで体重を預けてくるのを受け止めた。
静かな呼吸を繰り返し、手櫛のごとく相手の髪へ指を通す。

「お前が望むだけ、満たされないなら何度でも」
「違います」

紡ぎかけた想いは予想外にしっかりした声で即遮断された。
さすがに止まった撫でる手へ自分でぐりぐりと頭を押し付け、拗ねた声音で続ける総司。

「土方さんに満足してないんじゃありません、ただすぐ次が欲しくなるだけ」
「それは何か違うのか」
「違いますーー。土方さんは僕の愛を甘く見すぎ」

いつもの調子で語尾を伸ばして擦りつく態度に頭痛を覚える。
流れが流れだけに怒鳴ることも出来ず口を噤んでいると、上機嫌に総司がまた顔を寄せた。

「でも、さっきの顔かっこよかったから好きです」

無邪気な微笑みで、食むように当たる柔らかさ。
すぐ終わる感触のち、幸福を湛えて細まる瞳。

「ひじかたさん、だいすき……」

ふわふわした声音は寝息へ変わり、安住の地とばかり凭れ込むのは土方の胸。
ようやくの解放に安堵しつつ布団へ再度転がしてやったところ、お約束というべきか衣服を掴む指の力。
これが思ったよりも強いのは経験上間違いはないし、脱いで放置すれば次の日が煩い。
何より、この状況で引き剥がせるはずもなかった。

「酔っ払いが……俺の身も考えろ」

諦めて寄り添いながら、土方は己の甘さを痛感する。
 

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