いらっしゃいませ、確約ですか?


仕事付き合いというものは突発的に発生するものであるからして、気が乗らなくとも行かねばならぬ時も多い。

「総司、今日は遅くなる」

見廻りから戻った途端に告げられて眉を寄せたが、知らずに待ってしまうより余程良かった。何より、自分を見つけて安堵した表情を浮かべた土方が少し嬉しいので溜飲を下げる。

「はーい、大人しく寝てます」
「いや、それがな」

間延びした返事のち、語尾に被せる相手の勢い。何事かと思わずじっと見つめれば、土方が真顔で言った。

「お前も来てくれないか」
「はい?」
 

連れて行かれた先はやはりというか接待である。普段は意地でも関わらせない酒の席へ呼ぶとはまったくもって意味が分からない。そう思ったのも座敷に上がるまでだった。
あからさまに集中する視線、そして感嘆の息。慣れたものだが違う意味で微妙な気分になる。さすがにただの煌とは違って職務を投げてまで媚びたりしないものの、他の客へお酌しながら総司へ意識を向けてくる。

「僕が居たらお邪魔でしょうって言ったんですけど」

土方の隣へ座るスポンサーへ愛獲笑顔を向ければ大仰な身振りで笑って見せた。

「とんでもない、みんな喜んでますよ」

(まあ、そうだろうけど)
 
女たちの視線を受けながら猪口を傾ける。飲まずに済ませる訳にもいかない。少量ならなんとかなると含んでその味に瞬いた。悪くはない、むしろいい。自然と笑いそうになって傍らへ視線を投げた。

「土方さんの人気を奪ってすみません」
「言ったな」

じゃれ合いのようにくすくす零せばその場がまた湧いて、総司は涼しい顔で膳をつつくことを優先した。
 

***


「僕を女よけに使うの良くないと思いまーす」
「……悪かった」

帰り道、人気の少ない川べりで口を開くとややあって気まずげな謝罪が届いた。

「しかも水だったし。根回し良すぎ」

よく冷えた水は確かに美味しかった。考えてみれば、新撰組が贔屓にしている店のひとつであったし、そのくらいの仕込みはお手の物だろう。酔うはずのない杯を重ねながら茶番に付き合ったことをまず褒めて欲しい。
首謀者は難しい顔のまま、開き直りを口にした。

「お前の悪癖を晒す訳にはいかん」
「そこまでして連れてきたかったんですか。断るくらいできるでしょ」

またの沈黙。ふ、と口の端に笑みを浮かべ相手の顔を覗き込んだ。

「僕を連れて行くと一番効果ある?」

瞳に一瞬走った動揺を見逃さない。夜道で高らかに声を上げ笑った。後ろ手を組んで、一歩先をゆく。

「便利に使われちゃったー」
「総司」
「いいですよ、使って。僕はその為にいるから」
「総司」

軽口とは正反対な土方の低音。重ねて呼ぶのは少し強く、くるりと振り向いて挑戦的に見据えた。

「それとも僕がいい?」

唇だけ笑って視線で射抜く。今度は揺れずに受け止めた土方が瞳に光を湛えて厳かに告げた。

「俺はそこまで鈍くはないつもりだ」

喉の奥で笑う。

「そうかなー? 土方さんは僕に甘いから」

少し首を傾げて距離を詰め、腕を伸ばした。両頬を掌で包み込むと僅か浮かんだ相手の逡巡。

「駄目ですよ、もう選ばせてあげない」

嘘だった。最初からその選択肢のみ、自分だけが唯一になり得るのだと観念させたくてたまらなかった。

「土方さん、大好き」

心からの愛情でとどめを刺せば、ようやく腕が背に回されて胸へ凭れる。

「ね、何か言って下さい」

見上げる視線、甘えた音程に唸る寸前の様子で土方が重々しく吐き出した。

「俺はお前でなければ駄目なようだ」
「ようだ、じゃなくて、駄目」

相手の口元をつついて指摘すれば、その指が取られて唇が触れる。瞼を閉じて口付ける指先から、ほのかな熱が伝わり震えた。再度、総司を見つめる真摯な眼差し。

「お前を愛している」

はっきりと耳に、心に届く。全身へ染み渡る幸福に瞳を細めて微笑んだ。
 

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