色に出でにけり其の故意は
あ、と声を発したのは誰だっただろうか。 桂だったかもしれないし高杉だったかもしれない、龍馬だったとしてもこの際そこは問題ではなかった。 襖を開けて向こう側、三人のいる部屋に顔を出した沖田が何かの直撃を受けた事実は打ち消せないのだ。 当たってしまったものは致し方あるまい、とばかり無駄に重々しく息を吐いて説明を始めたのは桂である。 「これは私が発明した『君に効くまで!本音をやめないッ!(仮)』です」 「悪意を感じる名称だな?!」 「しかし用途は伝わってくるからさすがセンセーじゃ!」 手に持った小型の機械を掲げて語るのにこぞって反応するおなじみの二名。 そして、わなわなとその場で震える被害者一名。 「ちょっと!こういうのは土方さんにこそやってよね!」 「沖田くん歪みないですね」 その場で本気の眼光を飛ばす沖田の主張に桂も真顔で答える。 高杉の言うとおり、名からして包み隠さず本心を晒す代物とみた。 ならば、一番使ってほしい相手は決まっている。 「何を騒いでるんだ」 襖を開けたまま騒いでいれば筒抜けなのは当たり前で、程なく土方がやってくるのも予想のうち。 視線が絡んだ発明家は沖田の言わんとすることを汲み取って機械を作動させる。 「では平等に」 「桂さん?!」 高杉の動揺と同時、に向けられた小箱の先から飛んだ光が土方を直撃した。 「……また発明か。今度はなんだ?」 重めの息を吐いて、面倒だと言いたげな渋い顔。いつもと相違ない反応に若干の不満を持ちつつ沖田が問う。 「土方さん、僕のことどう思ってます」 「直球か!」 律儀なツッコミを吐く高杉は無視して土方の言葉を待てば、淀みない口調で答えが返った。 「大切だ。言葉で表すのは難しいところだが、俺の目指す誠の道も総司を失っては意味がないと思っている。俺に至らぬこともあるかもしれん、それでもお前と共に歩んで生きたい。総司が俺の支えであり、何よりも守りたい宝と言える」 つらつら並べられた内容へあからさまに眉をしかめる高杉、満足げに頷く龍馬。 「なんだ、模範解答」 そしてつまらなさげに呟く沖田であった。 「……おい、なんだこれは」 勝手に動いた口のせいで僅か固まっていたらしい土方が眉間に皺を刻む。 「熱い告白をしているはずなのに普段が普段だから今更と思えるのが問題ですね」 「そんなの知ってるから、もっと具体的にあるでしょ」 「ソウちん攻めるのう」 「ここぞとばかりだな」 完全なる他人事でまとめだす桂、つれない態度で催促する沖田。 さすがに文句も出そうな土方の口から紡がれたのはしかし。 「愛している、俺だけの総司だ」 低く通る音程での染み入る宣言に該当者はその場へ沈み込んだ。 「沖田が息してねえ!」 「しゃがみこんだぜよ!」 「うるさい!息はしてるよ!」 実況へ反抗するも、完全に顔を伏せての叫びは少しくぐもっている。 「メガネくん許さない土方さん恥ずかしいもう嫌だそういうのは二人の時に聞きたいのに」 「めちゃくちゃ喜んでるぞ」 「耳まで真っ赤です」 一息で流暢に呟かれる本音は羞恥と怒りと拗ねのコラボレーションといえた。 そのまま動かない沖田へ一歩踏み出して土方が声を掛ける。 「総司、大丈夫か。しかし出来ればそのまま顔を上げないでくれ。お前のそんな表情は俺の特権だ。坂本たちといえど見せるわけには、ええい!口が止まらんぞ!」 気遣う台詞もたちまち独占欲へ変貌し、本人の顔に動揺が走る。 縮こまった沖田は肩を震わせて頭を抱え、言葉もない。 「土方も相当だろ!」 「ヒジゾーさん、情熱的じゃあ」 「面白くなってきました」 「桂さんは本音隠そうぜ?!」 「まあ半分は冗談ですが」 「半分は本気なのかよ」 右往左往するのは主に高杉、という惨状の中、しゃがみ込んだ沖田が腰の刀に手をかける。 「メガネは斬る、今すぐ斬っていいよね斬り捨てる……!」 カタカタと鍔が鳴る音が非常に物騒ではあるが、その耳はやはり赤い。 沖田の腕なら本気を出せば一閃という可能性もなくはないが、この場合、羞恥による自棄である。 散々突付きまわした桂が一息吐いて、眼鏡を押さえた。 「片や誠実が裏目、片や饒舌なのに誤魔化そうとする。両成敗ですね。この機会に存分にどうぞ」 *** 「ちなみに効き目はそんなに長くないので、すぐ終わりますよ」 無責任に言うだけ言って、高杉と龍馬を伴って部屋を出て行く桂。 閉めた襖から遠ざかる足音しばし、感極まった龍馬の声が聞こえてくる。 「センセー、二人のために……」 「いえ、明らかに事故からの巻き込みですがもっともらしく言ってみました」 「桂さん……」 もう突っ込みを諦めた高杉の声色を流し聞きながら総司は思った。 あとで三人とも全力で斬る、と。 そして訪れた無言の間。 先ほど近づいてきた土方が改めて覗き込んでくる気配がする。 「総司、むぐ」 「喋らないでください、僕のこと殺す気ですか」 顔を上げてすぐ相手の口を塞ぐ。膝を突いた彼としゃがみ込んだ自分はなんたる滑稽。 手袋越しにもごもごする土方は総司を見て目を見開いた。 頬の熱さなんていうまでもない、耳まで染まったのなら睨み付けても無駄なほどに赤いことだろう。 何もかも腹が立つ。潔くまっすぐに言い切ったその感情を、何故普段から向けてはこないのか。 「土方さんは僕がどれだけ好きなのか分かってない!」 叫んでしまえばあふれ出る。 「もっと求めて独占欲出して縛り付けてくれたっていいのに!思ってたってしてくれない言ってくれない、 ただ頭撫でられるだけで幸せで悪かったですね!」 想いに口も言葉もついていかず、唇が勝手に動くのに文法は滅茶苦茶だ。 押さえる力の抜けた腕が落ちて、土方がそっと手首を取る。 「支離滅裂だぞ」 「知ってます!もう本当にやだこれ」 空いた手で顔を覆うと息の詰まる音。 「泣くな、お前に泣かれると弱い」 「泣いてません」 明らかに弱った意で囁かれ即答する声は意地だ。 こみ上げるものはあるが涙ではない、ぬぐう必要のない頬をぬぐって睨みつける。 「いつからですか」 受け止める視線に浮かぶ疑問符。更に瞳を眇めて総司は詰め寄った。 「僕のこと、いつからそういう風に見てましたか。答えてくれたら許します」 伸び上がり両肩を掴む。勢いで膝立ちになって目線が変わる。 見下ろす先で土方が眉を寄せ、途方に暮れた。 「それだけは勘弁してくれ……」 「なにそれずるい、却下」 するりこぼれ出た催促、続かない返答。 唇を噤んだ相手をじっと見詰めること数秒、ようやく思い至る。 「あれ、戻っ…た?」 ぱちぱち瞬き、思わず聞き手を口元へ。 解放されたように息を吐いて土方が頷く。 「そのようだな」 「えー!ここまできたら言いましょうよ!すっきりしません!」 「お前は俺をどれだけ追い詰めたいんだ」 不満を述べれば疲れ果てた様子で呆れる。 非難さえ含まれたその態度に、おさまりかけた不平が口をついて出た。 「僕の初恋は土方さんなのにずるい」 随分と勝手な言い草だと思う。恨みがましげに言ったところで易もない。 顔も見れずに俯いたのが悔しくて、肩へ置いていた手も引いた。 瞬間、その腕が引かれて体勢を崩す。 しっかりと抱え込む腕の力は強く、凭れこんだのは分かるが状況が理解できない。 耳元へかかる吐息、己を呼ぶ声。おそるおそる顔を見上げれば、真摯な瞳とぶつかった。 「こんなにも振り回されて心を乱すのはお前が初めてだ」 鼓膜から震えて、身体中を満たす充足感。目の淵が少し濡れてしまう。 ずるい人だと思う、結局すべてをさらっていってしまうのだから。 それでも、総司はこの愚直な男を望まずにはいられない。 「許してあげます」 不器用な仕草が目元をぬぐってくれ、額を寄せる相手に微笑む。 少し困ったような、安堵の表情が自分だけのものだと知っている。 「僕の全部、責任とってくださいね」 |